ニッケイ新聞 2013年10月22日
外交官で多彩な文化人でもあった詩人のヴィニシウス・デ・モラエスが100年前に生まれた。ジョビンら才能ある音楽家と組み、ボサノバ隆盛の立役者となるなどブラジル文化史的には様々な功績を残したが、私生活では9回結婚したり奇行を繰り広げたり、話題に欠かない人物だったそうだ。
「最も黒い白人」と自分を表現していたそうだが、彼はいい家柄に生まれ、外交官として各国に赴任し、決して貧しい生活はしていなかった。最終的に職を追われることになるが、それでも人生を生き切り、幸せな人生を送ったイメージだ。
軍事政権が原爆開発を目指していたという73年、彼は反原爆の詩「ローザ・デ・ヒロシマ」を発表し、歌として話題を呼び、同年に最もラジオで流された曲の13番目に入った。日本に共感した反骨の文化人として、もっと回顧されてもいいのでは。(詩)