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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(30)

ニッケイ新聞 2013年10月24日

「仏壇です。大仏堂で特別安くしてくれました。よろしいですか?」
ジョージは、今更、仏壇を外させる勇気はなかった。
「かまいません」そう言ったジョージが、
「中嶋さん、ちょっと、お願いがあるんですが」
「どうぞ」
「実は、拝んでもらいたいものがあるんです」
「なにをですか?」
「刑事時代の亡くなった同僚達や俺が葬った奴等の魂です。実は、それが怨念として俺に重く圧し掛かっているような・・・、そんな気がして、夜、時々眠れない事があるんです」
「分かりました・・・」
 早速、中嶋和尚は衣装を着替え、棚に飾った仏壇に日本から持参した線香を立て、お経をあげた。
 今まで経験した事の無い恐ろしい怨念を抱いた魂や霊が、吐き気を覚え仏壇の前にうずくまったジョージから渦を巻いて飛び出し、仏壇の前を漂った。
 密教を知らない中嶋和尚は怨念の渦を掃う為に全命、全魂を賭けて祈るしかなった。自分も怨念にまとわれるかと思った。
 一時間後、重く圧し掛かっていた怨念に打ち勝った二人は全力を使い果たし、魂を抜かれた様に黙り込んで居間に座り込み、命がけの法要であり祈祷であった。


第五章 記憶

 数日後の早朝、西谷副会長の強い要望でアマゾンのトメアスに、中嶋和尚は弔いに行く事になった。サンパウロの国内線専用のコンゴゥオニアス空港にジョージと着くと、西谷が待っていた。
「西谷さん、お早うございます。このチケットと外国人永住権身分証明書を持ってあの列に並んで下さい。中嶋さんもこのチケットとパスポートを持って・・・。予め、席が隣同士になるよう頼んでいますから・・・」
 十分後、チェックインを済ませ、西谷と中嶋和尚が、待合ロビーでコーヒーを飲んでいるジョージの所に戻ってきた。
「ベレンの空港に着くと、友人のアレイショスが『Sr. Nishitani』と書いたプラカードを持って迎えに来ています。奴が現地の全ての面倒をみますから心配なく、今夜はそのベレンに泊り、翌日、目的地のトメアスに奴のジープで行きます」
「色々ありがとう御座います」
「友人の話では、トメアスへの道は五十パーセント以上舗装されているそうで、一日一便のバスもありますが、あてにならないからジープを提供してくれました」