ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(32)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(32)

ニッケイ新聞 2013年10月26日

「私がブラジルに着いた日、ジョージさんが強盗から救ってくれたんです」
「へー、そうだったのですか・・・」
「西谷さん、ここからトメアスまで何時間くらいかかるのですか?」
「昔はトメアス配耕地からサンパウロまで、うまくいって四日かかりましたが、今回の旅はサンパウロから北に一千キロ離れた首都のブラジリアに飛んで、そこで、リオデジャネイロからの便に乗り継ぎ、そこから一気に二千キロを北上しベレンの町に午後五時ごろ着きます。ですから、ブラジリアでの長い待ち時間を入れて、ベレンまで約十時間です。そこで一泊して、翌日、ベレンからジョージさんの元相棒と一緒にジープでジャングルに入り、トメアス配耕地に向かいます。だから、丸二日かかりますね」
「ベレンから配耕地までのジャングルの旅はどんな旅になるのですか?」
「直線では二百キロ前後ですが・・・、昔は、雨季には三日かかる事もありました。ジャングルの中を通りますからね。一度、途中で車を投げ出し、ベレンまで小舟を借りて行きました。エンジンなしですよ」
「カヌーみたいな」
「ええ、アマゾンのカノアは大木をくりぬいて作ったものです」
「頑丈そうですね」
「それが、その借りたカノアが船底から水が滲みだしてくる百年もので、それを私が空き缶で汲み出すのです。漕ぎ手は休めますが、私は休む事が出来ず一日中それをやって、へとへとになった思い出があります。私が休むとカノアが沈んでしまいますからね。笑い話にもなりませんよ」そう言った西谷自身が笑った。
「西谷さんにはたくさんの冒険話があるのですね。トメアスの事を・・・、アマゾンの事を、是非、聞かせていただけませんか」
「もう、三十年も昔の事で・・・、何から話せばいいか・・・あの頃の事は遠い記憶になってしまい・・・」
「配耕地と言われましたね。いつ頃から日本人のアマゾンへの開拓移住が始まったのですか?」
「アマゾンへの入植は、戦前に、ベレン、サンタレン、マナウス、それから奥地へとひろがっていき、・・・、再来年の二〇〇九年・・・確か九月にアマゾン移民八〇周年記念の式典が開催されます。だから逆算すると・・・、一九二九年ごろが最初の入植ですかね。今、アマゾニア日伯援護協会、トメアス文化農業振興協会が中心となって式典の準備を進めています。それと、ハッキリした記録は無いのですが、それ以前にペルー側から入った日本人もいるそうです」
「ペルー側と云いますと、太平洋側ですね」
「『超・積乱雲』と云う小説にアマゾン入植の事実が載っています。私は戦後移住で時代は違いますが、この本を読むと、私も昔の事が蘇ってきますよ」