ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(33)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(33)

ニッケイ新聞 2013年10月29日

「アマゾンと聞けば、どうしてか、熱帯雨林をイメージするのですが、雨が降りっぱなしなのですか?」
「アマゾンと云っても日本の十倍以上の広さですからね、いろいろです。私が入植したトメアスは、年に三、四ヶ月が雨季で、三ヶ月位がまあまあで、後の半年は乾季です。乾季と云っても三日に一度スコールがありましたが、近年は異常気象で数か月間雨が降りっぱなしや、全く降らなかったりもあるそうです。となると、作物は全滅でしょうね」
「灌漑は?」
「周りに豊富な水をたたえたアマゾン河の大きな支流がいくつもありますが、配耕地の支流の水面は上流の雨量によって五メートル前後と凄い変化をします。乾季の時は川岸が二百メートル遠のく事もあり、灌漑が不可能でした。どんなに資金をつぎ込んでもあの大自然を征服する事は出来ません。焼き払って日系人が不得意な牛の放牧をすれば別ですがね。それに、熱帯ですから、乾季と云っても、昼も夜もムッとする高温多湿の所です」
「大変ですね」
「最初からその覚悟で来ていればいいのですが、大半の移住者はその苛酷な環境を予め認識しておらず、又、知らされていませんでしたから、中には斡旋した政府や団体に騙されたと思った人もいました。酷いのは『金の生る木がある』と聞かされてそれを本気にして来た人もいました。勿論、金ではなく、作物が自然に生ると思ったのですよ。私達はある程度覚悟しておりましたが、それでも現実は想像以上でしたね」
「アマゾンへの仏教伝道はいつ頃始まったのでしょうか」
「何年ごろか分かりませんが・・・、有名な方がおられました」
「有名な方?」
「ええ、還暦をむかえて出家された『藤川辰雄』と云う方で・・・、その方が・・・アマゾン河中流のパレンチンスにある日本人墓地の無縁仏を訪ねた時、野鳥の鳴き声を亡霊のすすり泣きだと感じ、それから、アマゾンに眠る無縁仏を探し求めてさ迷い、ついにビラ・アマゾニアと云うジャングルの奥に四十年以上誰も訪れる事がなかった無縁墓地を発見されたのです。それがきっかけとなって伊豆大島の富士が見える丘に、海外開拓移住者菩提、富士見観音堂を私財を投げ売って建立し、無念にブラジルの土となったたくさんの開拓者の冥福を祈られました」
「・・・ましたとは・・・、もう亡くなられたのですか?」
「ええ、それも・・・」
「なにか特別な?」