ニッケイ新聞 2013年11月22日
未だ伝記に書かれていないブラジルの偉人は誰だろうか?——。 こんな出だしで、21日付フォーリャ紙のカルチャーページのトップ記事は始まっている。
北部フォルタレーザで17日に閉幕した文学の祭典では、冒頭の問いに対し、集まった伝記作家らからは31人の名前が挙げられた。その中でトップを飾った名前はマリオ・ラウル・デ・モライス・アンドラーデ(1893—1945)。当地での近代芸術活動を牽引した、サンパウロ市生まれの知識人の一人だ。
裕福な家庭に生まれ育ち、サンパウロの芸術学院で音楽を修めた。早い時期から作家としての活動を開始し、新聞や雑誌に批評などに積極的に投稿していた。
最初の詩集を出したのは1917年、1922年にサンパウロ市立劇場で行なわれた「近代芸術週間」にも参加した。27年にはサンパウロの裕福な家庭にドイツ人移民女性が家庭教師として雇われ、その人間模様を描いた小説『愛する、自動詞』(Amar, Verbo Intransitivo)を発表したが、そのスキャンダラスな内容が話題を呼んだ。
同じ近代芸術運動のリーダー的存在で、同じ苗字でもありよく比較対象となるオズワルド・デ・アンドラーデが欧州など国外の芸術に目を向けていた一方で、マリオはブラジルの「民俗」に着眼した。ブラジルの各地を回って熱心に調査研究をしたが、その結晶となった小説『マクナイーマ』(1928年)は、タイトルと同じ名前のインディオの主人公をブラジル人の象徴に見立て、ブラジルの近代化を表現したストーリーで、近代主義期を代表する、あまりにも有名な作品となった。
そんなブラジルを代表する有数の知識人であるマリオの伝記は、実は既にあるジャーナリストの手によって書き進められている。ただし、「個人の名誉を毀損する可能性がある場合や商用目的」の場合に、事前了承を取る必要があると民法で定められていることもあり、刊行に至るかどうかは未定だ。
伝記出版に関してはカエターノ・ヴェローゾやロベルト・カルロスなど有名音楽家7人が「プロクーレ・サベール」という団体を今年9月に結成し、伝記を発行する際の本人、もしくはその遺族からの発行許可や肖像権の支払いなどを義務付けることを求めたが、伝記作家や出版社側は1988年制定の憲法では「許可の必要はない」と定められていることを盾に反論し、未だ解決を見ていない。
著者であるジャーナリストのジェイソン・テルシオ氏は国外での発刊も視野に入れているというが、マリオの伝記に関しては、親族らはなぜか「(伝記は)必要ない」との見解を示している。
マリオ文学の研究者らは、マリオが同性愛者であった可能性が高いことが親族の躊躇の理由ではないかと推測している。(つづく)