ニッケイ新聞 2013年12月6日
「しかし、中嶋和尚、気をつけて下さい。この自由なブラジルは、個人主義で『人間は生まれながらにして自分の為には悪い事をしてもいい動物』とも理解されていますから」
「ジョージさんに代表される二世は、我々一世の価値観と西洋の価値観の板ばさみになって大変でしょうね」
「ジョージは典型的な西洋人ですよ」
「いえ、西谷さん、彼の心の芯は立派な日本人です。つまり、意識しない日本仏教の心を持っておられます。それも『帝釈天』のような強い・・・」
それからジープは大きく揺れ始め、二時間余り話すどころではなかった。
途中、一方の後車輪を路肩から浮かせて動けなくなったトラックに出会った。アナジャス軍曹と西谷はトラックにロープを掛け二台のジープで本道に戻した。その一時間余りの遅れを気にしながら先を急いだ。
無線連絡で、
【(軍曹! 前方に工事の飯場があります)】
「(昼食時だ。狩りに出ろ!)」
【(了解!)】先行のジープから兵士が飛び降り密林に入った。
二台のジープは、小屋を守る様に並んだ大きなブルドーザーと、それから十メートル離れて無秩序に放置されたドラムカンの間の木陰に止まった。
小屋のトタン屋根の隙間から煙が出ていた。兵は、小銃の銃口を先に、小屋を覗いた。
「(ベレンから来た兵だ。昼食をとる。飯場を貸してくれ)」
小屋から出てきた男が、
「(もう直ぐ腹を空かした測量班が戻るから、それまで待ってくれ、一緒に昼食を・・・)」
その時、『タッ』と乾いた銃声が聞こえた。聞き慣れない軍の小銃の音に炊事係の男は驚いて頭を伏せた。
「(別の兵が狩りをした)」男を安心させた。
ジープから降りた西谷と中嶋和尚は密林に木陰を求めた。
しばらくして、兵士が獲物の猿を担いで来た。
三十分後、戻ってきた測量班のメンバー五人と一緒にジープのボンネットをテーブルに食事を囲んだ。
中嶋和尚は、自分達の為に殺生された獲物は食べなかった。
食事後のコーヒーを飲みながら、
「(軍曹、これから何所に?)」
「(トメアスだ。ミサをしに、この日本人達を連れていく)」
「(あんな奥地でミサを?)」