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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(69)

ニッケイ新聞 2013年12月24日

 西谷が、
「なにが問題なのでしょうね?」
「御題目には問題ないのですが、一向に先駆者のプレゼンスがないのです。ここは無仏地帯のような・・・」


第九章 故郷

脇にいた尾崎が、
「何が不足なのですかね? 先駆者達は慰霊祭に関心がないのでしょうか?」
「関心と云うより、慰霊祭そのものの意味が伝わらないようです」
「どうしてそう言えますか?」
「クレームは出ていませんから」
「では、御題目を唱える前に、強いインパクトで先駆者の興味を慰霊祭に誘えばいいじゃないですか?」
「それはいいアイディアです。尾崎さんのおっしゃる通り・・・」
「しかし、どうやって?」
「どうすればいいか・・・。未熟な僧侶には検討がつきません」
 西谷が遠慮がちに、
「提案があるのですが・・・」
「提案?」
「妙な提案ですが、よろしいですか?」
「お願いします」
「『君が代』を歌ったら如何でしょうか?」
「『君が代』!?」
「そうです。『君が代』を歌えば、きっと日本人である彼等を呼び寄せると思います」
 それを聞いた尾崎が、
「あの古い歌がそんな効果を発揮するかな?」
「古い歌?」
「『君が代』は千年前に漢詩に対抗してヤマト言葉で作られた和歌です」
 小学校の先生をしていた頃、どちらかと云うと右翼型で、左翼の日教組に嫌気をさし、ブラジルに渡った遊佐が目を輝かせ、
「『君が代』は日本を象徴し、日本国民を結束させ、日本人と自覚させる力を持っています。だから、先駆者の心をきっと掴みますよ」
 それを聞いて、中嶋和尚が頷きながら立ち上がり、
「皆さん、突然ですが、『君が代』を今から合唱しましょう。それで、先駆者を呼び寄せ、それから慰霊祭を行います」
若い二世が、
「『キミガヨ』ってなんですか?」
 年配の男が怒って、
「『君が代』を知らないのか?!(日本国歌だ!)」
 ざわめきを鎮めるかの様に、
「私が初めの一小節を先行して歌いますから、皆さんはそれに続いて下さい」と、遊佐が、天ぷら揚げに使う長い箸をタクト代わりにして、皆の前に出た。『君が代』と聞いて参列者全員が自然に立ち上がった。