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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(70)

ニッケイ新聞 2013年12月25日

 遊佐は、全員、立ち上がるのを確認して、タクトを大きく縦横に一振りし、
「きーみーがーよーぉは、ハイ」ハイとともに両手を上げて皆を誘い込んだ。
『きーみーがーよーおは、ちーよにーやーちよに、さーざーれー』
『いしのー、いーわーおーとなーりてー』
 日本でも聞いたり歌ったりする機会が少なくなった『君が代』を、中嶋和尚は遠い異国のジャングルの奥で聞くとは想像もしていなかった。目が潤んでしまった。その目に、霊応した二、三十人の先駆者の霊が現れ、一緒に『君が代』を歌い始めた。
『こーけーのー、むーすーまー〜でー』
『君が代』を歌い終わった先駆者の霊が一人、
《まだ、半数以上の方がお見えでないぞ》と霊想で伝えた。
『君が代』はまとまりがなかった参列者をしっかり団結させた。
 『君が代』が終わると、日本を思い出した参列者は目頭を拭きながら着席し始めた。
 立ったままの中嶋和尚の脳裏に、
《『ふるさと』を歌ってみろ》と、さっきの霊が囁いた。
 全員が座り終わって、一人ポツンと立ち残った中嶋和尚は、
「皆さん、ありがとうございました。ですが、まだ、先駆者全員を呼び寄せる事が出来ません。それで『故郷』を歌ってください、お願いします」頭を下げた。
 ジャングルの奥で演歌が好きな二世が、
「フルサト! あの五木ひろしの?」古参の日本人達は無視した。
「先駆者を呼び寄せるには『故郷』がピッタリだ」
「そうだ!」
「俺も、そう思う」
 参列者全員の同意を得た事で、指揮者の位置に戻った遊佐が、タクトをトン、トンと鳴らして、皆の注意を促し、
「私に続いてお願いします。では!『うさぎおいし、かのやま』からハイ」
『うさぎおーいし、かのやまー、こぶな、つーりし、かのかわー、ゆう〜めは、いーまも、め〜ぐーりて、わすれがーたき、ふるさとー』
「二番、『いかにいます、ちちはは』ハイ!」
『いかにいーます、ちちははー、つつがなーしや、ともがきー、あ〜めに、かぜーに、つ〜けーぇても、おもいいーづる、ふるさとー』
「三番! 『こころざしをはたして』!」遊佐は皆に歌詞を補佐した。
『こころざーしを、はたしてー』 
 参列者全員、故郷を思い出し、なつかしさで涙を流して大合唱を続けた。