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60年代「怒れる若者」から=2013年の「抗議の波」まで=かつての活動家が体制側に

新年号

ニッケイ新聞 2014年1月1日

 2013年6月、サッカーのコンフェデレーションズ杯の直前から開催期間中にかけて、全国規模での「マニフェスタソン(抗議の波)」が起こった。同じ頃、エジプトやトルコでもデモが起こったが、ブラジルの場合、かねてからの政情不安があったエジプトや、政府のイスラム化が背景にあったトルコとも異なり、世界からは驚きをもってとらえられていた。

 なぜなら、いかにブラジルが2011年から経済が低成長であったとはいえ、「低失業率」「貧困層の改善」など、極度の経済危機にあえぐ欧州諸国の状態に比べればかなり良い方だとのイメージもあったからだ。

 このマニフェスタソンの中心となったのは、大学生ほどの年齢の若者と言われている。これはルーラ前大統領も語ったように、「軍政やハイパー・インフレによる経済混乱期を知らない世代」ということになる。

 だが2013年は、「怒れる若者がいた世代」がいた60年代が頻繁に振り返られ、そこに深く関係した人物が話題になった年でもあった。

 それは、2014年が「軍事政権開始50年」にあたることが関係しているのかもしれない。奇しくもこの2年前の2012年から、軍政時代に行なわれた暴力の実態や、政治犯の行方や死因などの真相追究を求めた「真相究明委員会」の調査活動が行われた。

 その結果報告がメディアに上がり、ウラジミール・エルゾーギ氏やルーベンス・パイヴァ氏といった「軍政反対派」の象徴的人物の拷問死が確認され、軍政開始前の最後の民主制大統領(1961~64年)、「ジャンゴ」ことジョアン・グラール氏の検死解剖が行われた。先日、12月13日には、軍や政府、議会から一切の非同調者を追放するための法である軍政令第5条(AI5)の制定から45年経ったことも話題となった。

軍政に反発して活動激化=学生闘士からPT結党へ

 そんな激動の時代に戦った60年代の若者たちがいた。彼らはAI5の制定後に軍部が保守化すると学生運動や社会主義活動家としての活動を激化させた。その結果として彼らは逮捕され、刑務所内で時には死に至るほどの拷問を受けたり、国外逃亡を余儀なくされたりした。

 その時代に女闘士だった現在のジウマ大統領は、刑務所内で拷問を受けている。また文化の担い手においても、この当時「トロピカリズモ運動」という、欧米のロックの影響を受けた独自のブラジル音楽文化を作っていたカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルなどが国外逃亡している。

 その後、1970年代後半に、米国主導の南米の反共政策が落ちついたことで軍政が終わって行った。その間、カエターノやジルは、同じく国外逃亡していたシコ・ブアルキらと共に「MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)」の中心人物として、ブラジルの音楽界における重鎮的な存在となって行った。ジルベルト・ジルに至っては2000年代に文化相にまでなった。

 また、軍政時代に学生運動家として戦った若者たちは政治家に転じて行き、50~60歳代になった頃に労働者党(PT)の中心人物として政権を握った。そして、その政権下において、年平均5%ほどの経済成長を遂げ、新興国「BRICS」のひとつとして国際的な注目まで浴びるようになっていた。

かつての英雄が犯罪者に=文化人も検閲する側へ?

 だがそんな「軍政時代の怒れる若者」たちが作った世の、ほころびが見受けられるようなニュースも多く耳に飛び交ってきている。12年から13年にかけては、ブラジル最大の汚職スキャンダル「メンサロン事件」の審判が下り、ジョゼ・ジルセウやジョゼ・ジョノイーノといった、かつての学生運動のリーダーから官房長官やPT党首にまで上りつめた大物たちの実刑判決が決まった。

 そして文化に目を向けても、軍政反抗世代が世間から思わぬ反感を受ける事態が起こった。

 カエターノやジル、シコらがロベルト・カルロスやミルトン・ナシメントといった同世代のスーパースターたちと作った「プロクレ・サベール」という運動だ。出版社を相手取って、伝記の発行許可や著作権支払いを求めたこの運動が、「かつて軍政に散々検閲を受けてきた音楽家たちが検閲する側に回った」とマスコミから攻撃の対象にされた。「音楽家の権利」を主張し戦うつもりが逆に「権力者の特権行使」として受け止められた形だ。

 このように、2013年という年は、そして反軍政勢力が民政下に作り上げてきた権力の陰りに注目が集まった年だった。そんな年に若い世代がマニフェスタソンを起こした。

 抗議行動の直接の原因自体は、「好調だった経済の伸び悩み」「低所得者層優遇政策に中流以上の層の苛立ち」などにインフレや金のかかるW杯や五輪などの国際イベントが重なった焦りなどが指摘されてはいる。

「反抗」への憧れ背景に=これをテコに新文化創造

 だがその一方で、軍政終了後に生まれ豊かに育ってきた「戦うことを知らない世代」が、軍政と戦ってきた親の年齢に近い世代に対し、反抗することを覚えた、と見ることはできないか。マニフェスタソンに使われたジンジャー・スプレーや仮面は1960年代のフランスの学生運動を思わせる。近年の「アラブの春」を思わせる若者たちの反抗の仕方は、かつての「怒れる若者」の姿に憧れを抱いているような印象さえ与えていた。

 14年は大統領選挙が行われる。現状の世論調査ではジウマ再選が濃厚との予想が強く、彼女より10歳以上若いマリーナ・シウヴァ、アエシオ・ネーヴェス、エドゥアルド・カンポスといった候補は、若者たちの熱狂的な支持を集めるには至っていない。あのマニフェスタソンに参加した若者たちの「満たされない気持ち」を託すのは、もしかしたら15年からの政権では難しいかもしれない。

 ならば少なくとも文化面で、今の若者の気分や創造力を現すものが出てきて欲しいが、どうだろうか。軍政の際に戦った音楽家の世代は、その怒りの気持ちを表現欲に昇華させ、ブラジル外でも知名度を得て、その後のブラジル音楽の基準となる路線をも作り上げてきた。

 現在のブラジルの若者たちは、国際的な音楽フェスティバルなどを享受する機会は、以前とは比較にならないほど増えてきている。だが「新しい文化の発信地」としては、他の年代に比べ勢いの弱さも指摘されている。「飽食の時代」に育ったゆえのハングリー精神の欠如がそうさせるのかどうかはわからない。

 だが、仮に「マニフェスタソン」で自分たちの世代の表現に目覚めたとするならば、そこからひとつの文化を起こしてみるのもひとつの手だ。