「野田さんは、日本国策として設立されたアマゾニア産業研究所の幹部社員だったので、戦中、超敵性外国人として捕らわれ、当時、陸の孤島と云われたこのトメアスに留置されました。他の人達は軟禁だったのですが、彼は日系人代表として監獄に入られ、本人は『禁止されていた日本語でくしゃみしてしまった』と笑い飛ばしていました。あの乾杯の音頭を取った安井宇宙氏もスパイ容疑で追われ、アマゾンを逃げ廻っておられたのです」
「皆さん、面白いと言ったら失礼ですけど、私達には想像できない人生を送られてこられたのですね。それに、何度も言いますが、こんな密林の中にこんなにたくさんの方が頑張っておられるなんて驚きです」
「我々は、戦前の日本人をそのまま密林に封じ込め、腐らないように燻製にした者たちです。・・・、もうそろそろ現代社会に復帰しなければなりませんね。ワッハッハ」
「いえ、元気無くした我々若者が社会復帰しなければなりません。今回、トメアスに来て、そう思いました。アマゾンの密林で亡くなられた多くの先駆者や、そこで大志を抱き闘っておられる方々を知って、目が覚めるような新鮮な気持ちになりました。それに、皆様がすごく人間らしく、お幸せに見えます。お名前は?」
「海谷英夫と申します」
「カイコクさんはいつ頃アマゾンへ?」
「ブラジルに移住した年が、一九三七年、日本高等拓殖学校、最後の第七期生のグループとしてベレンに上陸しました。高拓生は七年間で二百四十八名がアマゾン流域に入り、現在、その有志も皆九十歳を超え四人になってしまいました。あの、隅っこで写真を撮っている老人は同期生の東海林進君で、彼も九十三歳になりましたね」
「日本高等拓殖学校とは?」
「名前の如く、戦前、植民地開拓を目的にアマゾンに入る人材育成の為に出来た学校です。創設者の上塚司校長の構想で始まりました」
そこに、海谷老人よりも若い老人が現れ、
「第三トメアスに嫁に行った孫娘に会いに来ていました。この宴会に偶然参加出来たのは幸運でした。仏様のお導きでしょう」西谷が丁度席を外して空席になった中嶋和尚の隣に座り、
「日本からわざわざトメアスまで弔いに来られてありがとう」そう言いながら老人は、中嶋和尚の手をすがる様に握って、何度も頷いた。
「ずっと、ここにお住まいですか?」
「私は第一トメアスに、もう、七十五年住んでおります」
「えぇ~! 七十五年間ですか!」
「一九三二年に三歳の時に両親と一緒にトメアスに入植しました」
「へぇー、するとお歳は・・・・・・、七十八におなりですね。そのお歳には見えませんよ。モットお若く見えます」お世辞ではなく本当に若々しい老人であった。その老人を指して海谷老人が、
「奴はトメアスの苦労を一人で背負って生きてきました」