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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2014年1月25日

《ブラジル奥地の一百姓として一生を終る私にとって唯一のこの世に残す記録であります》。第1アリアンサ移住地の長老、新津英三さん(俳名=新津稚鴎、長野)が送ってくれた『村松紅花先生句評集』には、そんな言葉が書かれている。新津翁は今年90周年を迎えた第1アリアンサがまだ10周年だった1934年に入植した生き字引だ▼北米転住者だった親戚を頼って入植すると《その夫人は女子師範を出た人で、北米から大きなピアノを持って来ていて村の子供たちを集め、日曜学校で讃美歌など教えていた》とある。原始林の真っただ中とは思えない〃銀ブラ〃移住地の面目躍如だ▼移り行く世の中の流れに逆らうように同地に住み続ける。「枯野中庭をきれいに掃いて住む」という何の衒いもない句には、装飾を捨て去った枯淡の心境が滲む。かと思えば「尻振れば乳房が踊りサンバ踏む」には若々しい躍動感があふれている▼「百姓に叙勲の沙汰やパイネーラ」に対し、紅花氏は《戦国時代日本には一所懸命ということばがあった。与えられ、或はかち取った一つの所領を命がけで守り、民を育てることである。この作者はブラジル、アリアンサの一所に命を懸け、今九十歳を超えてなお健闘しておられる。ブラジル中にパイネーラが美しく咲き誇っている。叙勲を謹んで感動している》と見通すように評した▼また「妻の遺句添削もして逝く春を」「物の怪の如虫柱こちへ来る」との二句に対し、《「物の怪の如く」は一瞬亡き妻の魂ではないかと作者ははっとしたのではなかろうか》との句評も見事だ。この10月の新津翁の白寿(99歳)を心から祝いたい。(深)