「中嶋さんが心を乱すなんて」
「日蓮が創した『日蓮宗』と、親鸞が創した『浄土真宗』は『般若心経』を使用していません」
「彼等も先輩の僧侶に怒ったでしょうね」
「親鸞や日蓮聖人は、『浄土三部経』や『法華経』等を基にして、それをさらに『南無阿弥陀仏』や『南無妙法蓮華経』と凝縮、簡素化して普及させました」
「彼等は『般若心経』は避けたわけですか、もしかすると、あの頃、日蓮も親鸞も現代人すぎていたのかもしれませんね」
「きっと、そうですよ!」
「じゃー、何宗が『般若心経』を?」
「やはり、彼等よりも以前の時代の宗派で使用されています」
「『天台宗』とかですか?」
「そうです。その他『法相宗、真言宗、浄土宗、時宗』、それに『禅宗』もです」
「『禅宗』は坐禅を組んでやるやつですね」
「はい、鎌倉時代に、道元と栄西と云う二人の僧が中国から戻り、『般若心経』を軸にして、道元が『曹洞宗』、栄西が『臨済宗』を開きました。この二つが坐禅を組みます」
「では、坐禅を組んでやれば、理解できるかも・・・」
「そうですね。今、こうやってあまり意識すると『般若心経』の読誦も出来なくなるし、さっきのアマゾンの大自然を前にすると『般若心経』がわき出てくるし、その辺に『般若心経』の秘密があるようです。変に意識すると上手くいかないし、理解しようとすれば理解出来ないし・・・」
「私にはそんな曲芸はできませんよ。これは、哲学とか心理学みたいですね」
「だから、私の単純な頭では理解できません。ようするに、高野山での修行がもっと必要なのでしょう。この問題はゆっくりと坐禅を組んで、幾千年の心を探り、我を捨て・・・、もしかすると、いじわる先輩が正しかったかも知れませんね」
ジープは、昨日降ったスコールで泥沼化した地域を四駆の力で辛うじて突破し、急にスピードを上げた。
第十三章 念仏
二時間ほど、大波のように迫ってくる密林を裂いて真っすぐに造られた赤土の道を走っていると、前方に白い障害物が現れた。先行のジープが急に速度を落し、兵が銃を構えると周りの空気が緊張に包まれた。
行く手を遮られた先行車は障害物の二十メートル手前で止まり、後続車もそれより更に二十メートル後ろで止まった。二十秒ほど様子を見てから先行車が障害物に低速で近づいた。