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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(94)

ニッケイ新聞 2014年2月8日

「素晴らしい記者なんて、あいつに関してそんな事ありませんよ」

「そう言っている私もまだ『悟』りの『さ』の字も分かりませんが、今、客観的にジョージさんとあの新聞記者とのやり取りを見ていますと、『般若心経』でうたっている、みんな『空なのだ、だから、気にしなくてもいいじゃないか』と、少し分かったような気がします」

「『ハンニャシンギョウ』とは般若の面ですか?」

「いえ、『般若心経』と云う経典です」

「キョウテン?」

「お釈迦様の教えをつづったものです」

「ボーズがお祈りする、あのジャバラの本ですか?」

「そうです。『お経』と言った方が『お祈り』よりもピッタリですね。それから、般若の面はあの面を彫った人の名前がたまたま般若坊と云う名前だったからでなんの関係もありません」

「その『ハンニャシンギョウ』が私とどんな関係が?」

「『般若心経』の中で『観世音菩薩』さまがお『釈迦』様に代わって語っている『色即是空』を説明出来ればジョージさんも私ももっと分かると思いますが・・・、これはですね・・・、『今あったものがアッと言う間に滅びるから、そうやって無くなってしまうものにあれこれ悩んでもばかばかしいですよ』と云っています」

「つまり、くよくよするな!ですね」

「又、『空即是色』と云われ、『世の中の全てが滅びるから、又、新しいものがどんどん生まれてきますから心配しないで』と」

「そんな事を語っているのですか。だんだんボーズのお経が分かって来たような気がしますが・・・、やはり・・・?」

「さらに、『観世音菩薩』さまは『この世の中に生まれてくるものはそれぞれ意味がある』と説明されました」

「またまた、難しくなってしまった」

「例えば、木に火を付ければその木は燃料として役割を果たしますね、しかし、その木で家を建てれば建築材料になります。同じ木でもそれを使う人によっても違ってくるのです」

「うん、よく分りました」

「あの記者もジョージさんの見方によって全く違う人になる訳です」

「・・・」

「それで、ジョージさんとあの記者との対話を聞いて『般若心経』を思い出しました」

「フルカワは、俺の『エン』で喧嘩相手にもなるし、友人にもなるんですね」

「その通りです! 遠回りでややっこしく説明してすみませんでした」

二人はアパートに戻り、二人で夕食を作りながら、

「ブッダの事を教えてくれませんか」

「仏陀とはお釈迦さまを指します・・・。お釈迦さまは今から二千五百年ごろ前にインド北部の小さな国の王子として生まれ、幸せにお暮らしになっていました。ですが、ある日、城の外に出られ、貧しい人や老人や病人に会って、大勢の人が苦しんでいる事をお知りになりました」

「・・・」

「それで、自分の幸せ過ぎる暮らしに疑問をいだき、皆を苦しみから救おうと、突然、家族と別れて出家され、修行を始められました。そして、三十五歳の時、ガヤーの菩提樹の下で瞑想にふけり、二十一日目にして『悟り』を得られ『仏陀』になられました」

「幸せを捨てて!」

「その後、苦しむ大勢の人達を救おうとインド各地を廻って仏の教えを説き、八十歳でお亡くなりになりました」

「それで『ブッダ』は神になったんですか」

「いえ、『仏陀』は神さまではありません。『仏陀』とはインド語で『悟った人』を意味します。仏教を形作られた生の人間です」

「カトリック系の学校で学びましたが、イエス・キリストは三十三歳で亡くなって神になったと教わりました。『ブッダ』は違うんですね」

「違います。お亡くなりになって、神ではなく『仏』です」

「?・・・」

「その『仏』になるまでの四十五年間のお釈迦さまの膨大なお教えは言い伝えとして修行僧の頭に残りました」

「それがオキョウだ!」