「しかし、酷い鬼婆だ」
「ところがです。このお婆ちゃんが、一ヶ月して、バスで、二日がかりで彼の所にお供え物を持って来たのです。それも、十キロのお米、その頃珍しかった自分で作った味噌、大根やキュウリの漬物やらで二十キロ近くもある荷物をかかえてです」
「へー! それで彼は?」
「その日、善一和尚は出張法要でいなかったのです。それで、お婆ちゃんは信者さんの家に『ボンサン、キテクレテ、アリガトウ。ホントウハウレシカッタ、コレ、イッショケンメ、ツクッタケ、クッテケリャ』とカタカナで書いた紙きれと一緒にそのお布施のお供えを置いて帰ったそうです」
「それで、彼は自分の役目を自覚されたのでしょうね」
「一週間後、彼がそのお婆ちゃんを訪ねると・・・」
「お互いに理解し合えて、よかったですね」
「そのお婆ちゃんは亡くなっていました」
「エッ!」
「それも、彼が訪れる前日にです」
「・・・」
「それで、葬儀を行い、彼は坊主でありながら、初七日まで一週間も泣いてしまったそうです。ブラジルに来て始めて心が通じ合えた方が亡くなったのですからね。それから、四十九日の法要の後に私の父へ手紙を出されました」
「悲しい話と云うか、胸打つ話ですね」
「その手紙を読んで、私は、井手善一さんが坊さんでありながら、それで、普通の優しい人間である人柄に惚れました」
「中嶋さん、私もその坊さんの人間らしさが好きになりましたよ。死者を弔うお坊さんは、非情な人間だと思っていました」
「いえ、そんな事ありませんよ」
「私こそ、非常識な事を・・・」
「それで、ローランジアに行けば、何かが待っていると思い・・・」
正午を少し回った。
「中嶋さん、昼食時間です。どこかで昼食を・・・」
古川記者はスピードを落とし、街道脇のレストランに車を入れた。
「ここは、シュハスカリアと云って、焼肉専門のレストランです。小さいわりに大型トラックが沢山留まっているでしょう。これはプロのトラック運ちゃんが保証する安くて美味しい証拠です。肉料理でお坊さんにはちょっと問題があるかも知れませんが、街道ではこれしかありません」
「問題ありません。井手善一さんの手紙にこの問題が書いてありました」
注文をとりに来たボーイに、二人は肉料理の食べ放題のバイキング方式よりメニューにあったブラジルの定食を頼んだ。
「食べ物の問題をですか?」
「ええ、最初、井手善一和尚は相当悩んだみたいです」
「多分、お腹が空いて苦労されたのでしょうね」
「おっしゃる通りです。父への手紙にこう記されてありました。・・・、『肉はなるべく食わない様にするが、ブラジルでは何処へ行っても肉料理しかなく、このままでは餓死してしまうのではと思った。それで勝手な理由を付け【ブラジルの牛どもは牧草だけ食らうから、牛と云う畜生の助けで、植物性滋養を摂っている】と勝手に解釈してブラジルの主食である牛肉を食うようにした。貴方はどう思うか』としたためてありました」
「で、貴方の父は?」
「その手紙の裏に父の返事の下書きがありましてね、それには『遠いブラジルの異国で生延びるには、そのくらい当り前だ。私も出来る事ならそちらに飛んで行きたいな。頑張れ!』と父らしい文章が記されてありました」
「中嶋さんのお父さんと、このお坊さんは連帯感が強かったですね」
「ええ、駒河大学時代の同輩として、クラブ活動で児童教育部を設立して、一緒に苦楽を共にした間柄だったのです」
「中嶋さんはどうしてこの世界に?」
「仏教の世界にですか?」
「ええ」