「私の祖先は江戸時代からずっとお寺の住職です」
「じゃー、中嶋さんもお寺の住職ですね?」
「自動的には、・・・、そうです。ですが、それに疑問を持ちまして・・・」
「疑問?」
「ええ、私と一緒に修行していたサラリーマンあがりの立派な方がいて、この方は住職どころか、修行後の行く場所もありません」
「で?」
「この徳川幕府が定着させた檀家や世襲システムでは、新しい僧侶は、どこかのお寺の副住職として終わるでしょう」
「それが、問題ですか?」
「問題です! 後継者が少ない住職を世襲でなんとか?げようとするのは反対しませんが、素晴らしい修行僧にチャンスが回ってこないのには疑問です」
「そうですか」
「で、私はこの修行僧に『私に、修行が足らなかった場合は君がこのお寺の住職だ』と言いました」
「ええっ! それで?」
「彼は『その心だけで、貴方の副住職として捧げますよ』と言いました。そして、今回のブラジル行きを彼は支援してくれました」
「それほど、貴方を信頼しているのですね」
「いえ、頼りないと思っています」
「彼は信頼していますよ」
「自由翻弄に旅する私が頼りないのは確かです」
「信頼されているのも確かですよ!」
「彼は言いました。『井手善一さんに会って、その方の教えを私の分まで吸収して来て下さい』と」
「これ、新聞記事になりますね」
「えっ? それは困ります。これは我々二人の問題ではありません。これは本尊や檀家さん達にも影響する問題ですから」
「失礼しました。記事にしたいなんて冗談です。それで人を怒らす事が度々あって、冗談が嫌いなジョージなんかとはいつも喧嘩になってしまいます」
「ジョージさんは優しい人ですけどね」
「彼は、いざとなった時に頼りになるし、喧嘩ばかりしていますが、本当はいい奴だと思っています」
「私はジョージさんに救われました。危ないところを救われ空港からサンパウロまで送っていただき・・・。それから、行くところがなく、そのまま彼のアパートに居候しています」
「彼のアパートに! 実は私も彼に助けられました。五、六年ほど前までジョージは刑事でした。その頃、私が強盗に襲われましてね。その犯人が捕まった時、警察署で、正義感溢れる私はその男を指で指して証人になりました。そこまでは格好良かったのですけど、三ヶ月後、釈放された犯人は復讐で、私を殺そうとつけ回っていたのです」
「古川さん、怖くなかったですか?」
「いえ、全然知りませんでしたから」
「で、どうなりました?」
「彼が事前に阻止して、助けてくれました」
「再逮捕ですか?」
「いえ、殺したのです」
「ええっ! ジョージさんが?! ・・・」
「私が警察署で犯行の証人になった時、彼は既にそれを予感したそうです。それも、正当化する為に、私を襲おうとした瞬間を狙って射殺しました」
「ジョージさんは、意外な面があるのですね」
「私の取材では、彼は刑事時代に二十数人の悪者を葬っています。だから、今でも拳銃を手放しません。後で、それを下手に記事にしましてね、それから彼に嫌われました」
「古川さん、説教していいですか?」
「勿論」
「ジョージさんにもしました。それは、古川さんとジョージさんの関係です」
「そうです。アイツとの悪い関係をなんとかしたいのですけど、つい意地を張って、喧嘩になってしまいます」
「あの居酒屋での出来事ですけど・・・」
「中国人バー『シェン』でですか」