車はサンパウロから三百キロ地点で、別の街道に入った。地平線まで真っすぐに伸びたハイウェーは、二、三キロメートルくらいの間隔で上下にうねり、景色は牧場と、バイオ燃料のエタノールの原料として注目されているサトウキビ畑が地平線まで単調に続いた。
「見渡す限りサトウキビですね」
「サトウキビは、穀物とは違い、太い茎を収穫しなくてはなりませんから、刈り取りが意外と大変なのです。一度、バイオ燃料の事で取材に行きましたが、農場主に阻まれて出来ませんでした」
「取材拒否ですか」
「明らかにそうです。それに、問題になっているのは、労働者の間で麻薬が蔓延している事です。麻薬で疲れきった体をだまし、だまし、死ぬまで牛、馬同様に働いているのです」
「麻薬でですか?」
「クラック以外の大麻、コカインと殆どの麻薬が使用されています」
「そのクラックとか云う麻薬はなぜ使用されていないのですか?」
「クラック使用者は半年で死んでしまいますからね、農場での使用を厳しく禁止しています」
「そうなんですか」
「これ以上の取材は危険だと云う事で、鈴山編集長が禁止しましたが、ある農場では蔓延率が三〇パーセントを超えていました。これは、都会の十倍以上ですよ。それに、今に始まった事ではないのです。昔からサトウキビ園では労働者を奴隷化する為に麻薬の栽培までしていました」
「で、取締は?」
「サンパウロ州だけで日本の総面積と同じですよ、そのほとんどが耕作地ですからね、完全な取締は不可能です。それに、ブラジルでは訴えがあった事で捜査が始まります。それに、キリストはユダヤ人に密告されたと歴史で教わっていますから、告発や密告を悪視する習慣があるのです。それに麻薬患者は供給源が断たれる心配と、仕返しのリンチを恐れて訴えません」
「他に対策は?」
「難しいですね」
「・・・、古川さん! ありますよ」
「どんな方法が?」
「それは仏教です。仏教だけでなく他の宗教もこの問題を解決してくれると思います」
「そう言えば、新興宗教ウニベート(架空)の信者は十パーセントが元麻薬患者と言っていましたね。この数字は大袈裟と思いますが、その半分としても宗教による貢献は大きいですよ」
「・・・」中嶋和尚は腕を組んで首を捻って考え込んだ。
「如何しました?中嶋さん」
「解決できると思いましたが、仏教と麻薬との関係がどこにも出てきません。で、どの仏さまが麻薬患者を救うのかも分りません。観音さまや明王にもおられませんし・・・。私の勉強不足ですね」
「麻薬問題を司る神、すなわち担当者がいないのですか?」
「そうです。困りました。たくさんの仏さまに囲まれ、あらゆるタイプの煩悩に適する仏さまを選べると思っていましたが」
「麻薬は近代になって問題視されるようになったでしょう。昔は『魔王の薬草』と云って薬でしたからね。新しく『麻薬取締菩薩』とか『麻薬取締観音』を創るのはどうですか?」
「古川記者の発想、面白いですね。ですが、そんな大それた事はできません。・・・、そうですねー、万能の『観世音菩薩』さまか、病を司る『薬師如来』さまかその両脇に立つ『日光菩薩』さまか『月光菩薩』さまの中から・・・そうだ『薬師如来本願経』の中に『薬師如来』さまは修行中の菩薩時代に十二の大願を成就し、人々をいろいろな病苦から救って如来になられた。と伝えられていますから。それで、『薬師如来』さまを抜擢しましょうと・・・」
「その『薬師如来』を麻薬取締役にするのですか」
「多少無理がありますが・・・。『薬師如来』さまだと、奈良にある『薬師寺』と考えると、『法相宗(ほっそうしゅう)』の大本山だから・・・、宗派はあの『南都六宗』の中の一つの『法相宗』で、経典はやはり『大般若経』ですね」