ブラジル移民研究の第一人者で『移民の日本回帰運動』など多くの著書を持つ文化人類学者・前山隆さん(80、北海道)=静岡在住=が18日午後、サンパウロ人文科学研究所の研究例会として講演「昭和新聞と川畑三郎―〃勝ち組の頭脳〃と言われた人物」を一時間余り行った。勝ち組を代表する論客であったにも関わらず、川畑の新聞である昭和新聞や本人に関するまとまった文章はかつて発表されたことがないと言われており、集まった40人近くは興味深そうにじっくりと聞き入っていた。
前山さんは61年にサンパウロ大学(USP)に留学して以来、日系社会を含め、広く当地で文化人類学の現地調査をしてきた。調査専任期間7年余りの間に、日系人だけでも1千人以上の聞き取りをしたという。
途中、米国コーネル大学で博士となりUSPの助教授を経て、77年に帰国して信州大学、筑波大学、静岡大学、阪南大学で教鞭をとる傍ら、中尾熊喜、渡辺マルガリーダ、三浦鑿ら移民の生涯を、社会学や哲学的視点も加味した独自の手法で、人間性豊かに描いた著書を続々と発表し、注目されてきた。
今回の川畑の生涯も本にしたいとの希望を持って1975、76年に本人にインタビューをしたが「ざっくばらんな話ができず、成功しなかった」と振りかえる。
終戦直後の勝ち負け抗争時、主な勝ち組系新聞には昭和新聞、ブラジル中外新聞、伯剌西爾時報等があったが「主張がしっかりしていたのは昭和新聞。川畑の論説が毎号掲載されていた」と評価し、「昭和新聞を読まずして勝ち組を論じるのは片手落ちになる」との考えをのべた。
日本民族がこの土地で生きる真価、日本移民の根本的な意味を問うという思想的疑問を背景とした深い思索が川畑の論説の特徴とし、昭和新聞で「新理念に基づく移民運動」を提唱した。すべての民族に基本的人権があることを前提にした、新世界建設を唱える移民運動という普遍的な考え方だと論じる。
有名な哲学者カントが『純粋理性批判』の中で用いた「アプリオリ」(先験的)という用語を、的確に自らの文章に織込むなどインテリぶりがうかがわれると指摘した。川畑の文章は最終的に勝ち組をしかりつけるような論調となり、勝ち負け両派をいかにして統合するかについて論じていたと明らかにした。
会場からの「彼もまた国権主義的な日本民族論に駆られていたのか」との質問に、「彼は敗戦をかなり早くから認めていた。ただし、日本は負けたという論だけを展開しても勝ち組は聞く耳をもたなかった。だからいろんな形で苦心して理論化していた」と分析した。
さらに「川畑に対する評価は?」との質問に、「勝ち組側の理論家として苦心してきた、それなりに魅力的な人物。認識派リーダーたちの方がはるかに立派、とは思えない」との学者らしい中立的立場から答えた。
近いうちに日本で刊行される新著の中で、この講演内容を含めた川畑三郎論が発表されるという。「今回が最後の訪伯かも」という前山さんは26日に帰国する予定。