「それにしても小さな町ですね・・・」
「松原氏自身も住むには不便だと云う事で、次のバンデイランテと云う町に住んでいましたが・・・、今は・・・」
「正にあの町は選手収容所ですね」話しているうちに町から遠く離れていた。
松原氏が住んでいるバンデイランテの町をかすめて、距離をのばした。
一時間後、遠方に五十万都市が穀倉地帯の真中に突然現れた。黄金色に輝く小麦畑の向うに、白く光るビルのかたまりと、それを包んで赤瓦の住宅街が広がっている。まるで博覧会場で町の模型を見ている様な光景であった。
「ロンドリーナです。あの町から四十キロ先にローランジアがあります」
「大きな町ですね」
町に近づいていると思っていたのが、いつの間にか遠ざかっていた。街道はロンドリーナの町の一画をかじってローランジアに向かっていた。
直ぐにカンベの町が現れ、その町が終わるとローランジアの町が続いて現れた。このまま五百キロ走るとパラグアイへ続く街道から外れ町に入った。
「なんとなく神秘的な町ですね」
古川記者は、スピードを極端に落とし、恐る恐る町に入った。土曜日の午後とあって、中心街のメイン道路も人影が少なくゴーストタウンのような雰囲気だ。町でただ一つの信号機がある交差点を左折したところ、一軒のアイスクリーム屋がにぎわっていた。道を挟んで車を停めた。
「ローランジア条心寺に電話します」古川記者はサンパウロから予め連絡していた黒澤光明和尚に電話した。
「黒澤和尚ですか?サンパウロニッケイ新聞の古川です! 今、街に着きました」
【いゃー、遠いところご苦労さんです。今どこに?】
「中心街のアイスクリーム屋の前です」
【そのまま真直ぐ進んでいただき、四つ目の角を左に入っていただければ、直ぐ分かると思います】
「はい、分かりました」
携帯を切って古川記者が、
「彼は先代と同じく酒好きだと聞いているので、ちょっとビールを買っていきます」同じく酒好きの古川記者は小さな雑貨屋で、十八個に包装された缶ビールと五キロの水田米を二袋、酒のつまみにサラミと云うイタリア風のドライソーセージを買った。
何故か、中嶋和尚は町全体から湧き出る妙な力を肌で感じていた。それは磁場とか磁界によって肌毛が立つ様な感じだ。
第十六章 決意
少し手間取ったがローランジア条心寺(架空)に着いた。本堂を隠すように大きく伸びた杉と松の木があり、もう少しで通り過ぎるところであった。
境内に運動場の様な広場があり、駐車場にすると百台は収容できるであろう。大きな杉と松の木に圧倒され、実際よりも小さく見える本堂よりも、広場の奥にある木造建ての小さな家屋の方が目立った。ブラジルでは珍しくなりつつあるその木造建ての家屋から一人の青年が走り出て、大きな鉄格子の扉を横に滑らせて古川記者達の車を運動場に誘導した。
「古川さんですか、黒澤です。お待ちしておりました。遠いところお疲れさまです」中嶋和尚と同年輩の普段着姿の和尚がニコニコ顔で二人を迎えた。
「この方が日本から来られた中嶋さんです」
「中嶋と申します。よろしく。・・・、何処か、で、お会いした様な・・・」
「え! そうですか? ・・・、どこでお会いしました、ですかね?」
「もしかして、カンボジア仏跡参拝ツァーに参加されませんでした?」
「五、六年ぐらい前かな? 確かに参加しました」