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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(105)

ニッケイ新聞 2014年2月25日

「子供の絵本に出てくる一休さんのトンチ問答、あれなんか到底無理ですね」

「一休さんは実在の和尚さんですよ。臨済宗を代表する室町時代の名僧です」

「室町時代とは・・・、南北朝が統一され、足利氏が京都室町に幕府を開いてから織田信長に滅ばされるまでの百数十年間を指しますね。一休さんはあの時代の方ですか、想像上の和尚さんだと思っていました」

「そう思われるのも当然でしょうね、一休和尚が八十八歳で成仏されてから二百年後の江戸時代に本が出版されて有名になられましたから」

「今でも有名な和尚さんですよ」

「禅宗は生きぬく力を教えますが、死後の面倒は不得意なんです」

「ではなに宗が死後の面倒を?」

「やはり極楽浄土へ導く『阿弥陀如来』を崇めて『南無阿弥陀仏』と念仏を唱える親鸞が広めた『浄土真宗』が死後の面倒をよくみてくれます・・・。古川記者は歴史に強いですね」

「地理と歴史と法律以外に得意な科目がなかったので、ですが、仏教の歴史となるとさっぱりです。だから取材に一生懸命なのです」

中嶋和尚が、

「仏教は、過去は現在にしっかり反映されていますから、歴史とは少し違い、何千年の過去と現在が短絡されているような世界です。二千五百年前のお釈迦さまや観音さまに歳月を超えてお願いします」

「まさに、タイムマシンやタイムトンネルを駆使した宗教ですね」

「古川記者は面白い表現をされますね。・・・、中嶋和尚は浄言宗(架空)ですね」

「代々受継がれてきた浄言宗(架空)ですが。それで迷っています。昔の僧は、幼年にして出家し、壮年になるまでに多くの宗派を勉強、修業し、更に中国まで出かけ、それでも宗派に納得出来ない僧は、日蓮や親鸞のように自分の宗派を創しています。それに比べて、私達の場合は親から譲り受けたものですから・・・」

「自分で選択した宗派ではないわけですから、悩む訳ですね」

「私がもっとも悩んだのは、坊主になれば時代遅れの人間になるのではと幼稚に考えていた事で、・・・、まだ、悩んでいます」

「中嶋和尚、大いに悩んで下さい。私は日本を離れ、一人っきりになって・・・」

中嶋和尚は身をのり出して、

「で、答えが出ました?」

黒澤和尚は五ミリほどのびたイガクリ頭を撫でてから、

「このブラジルで、井手善一和尚の布教活動の軌跡を追っていたら時代遅れの人間になる心配が吹っ飛んでしまいました。先代の様に邪念を捨て、布教活動していると、仏教がいかに近代的な芸術活動であるかがわかりました」

「布教活動が芸術活動?」古川記者は丹念にメモした。

「芸術は豊かな心を育んでくれますからね」

「井手善一和尚が、ブラジルの奥地の危険で野蛮な世界で、がむしゃらに布教活動なされた事は二千数百年前のお釈迦さまの布教活動に似ていたのではないでしょうか。善一和尚は宗派の規律を尊びながらも、多様でそれに縛られないユニークな方法を用いられておられました」

「規律を守って、それに縛られないもの?」

「縛られないものとは、規律以上の事を実践されたわけです。例えば、巡回布教で自作の紙芝居を上演されていた事です。奥地の移住者達は、子供は勿論、大人や老人まで首を長くして善一和尚が来るのを待ちわびていたそうです」

「ジャングルの中で、将来に希望を持ちながらも、大きな不安を抱えた大勢の移住者が、井手善一和尚の紙芝居によって、その不安を忘れ、楽しんでいる光景を想像しただけで、ワクワクしますね」

「そうでしょう。それだけではありません。信徒さん達の協力を得てこのローランジアの寺が建立されてから、近辺の子供達のために日曜学校や幼稚園をお寺の境内に開かれました。正に出来る限りの近代化で時代遅れなど考えられません」