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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(106)

ニッケイ新聞 2014年2月26日

「だから、境内に運動場のような広場があるのですね」

黒澤和尚は『ローランジア・オブリガード』と云うお寺建立十周年記念に発行された記念誌を持ち出し、ページをめくって、

「この掲載写真を見て下さい。これは本堂で開かれた演芸会の写真です。こちらの写真がさっき言った紙芝居の模様です」

古川記者が記念誌を覗き込んで、

「題材は・・・、『スイカどろぼう』ですか、この熱心に見入っている子供達、みんな生き生きした表情ですね」

「そうでしょう。これらを知って、宗派の問題で悩んだり、中嶋和尚と同じ様に時代遅れになるのではと心配していた自分が恥ずかしくなりました」

中嶋和尚は飲めないビールのコップを上げて、

「ブラジルに来て、黒澤さんと会い、想像通りの井手和尚の事を知り、良かったです。モヤモヤがふっ飛んでしまいました。ブラジルにカンパイです」

「カンパーイ」三人は大声をあげて乾杯した。

飲めないはずの中嶋和尚はコップの三分の一まで飲み干し、見る見るうちに顔がゆで蛸の様に真っ赤になってしまった。

「中嶋和尚のこれからの計画は?」

「井手善一和尚の手紙を読んで想像はついていましたが、人間の存在を見失うくらい広大なブラジルを駆巡り布教に勤行され、奥地にお寺まで建立された事をこの目で見て、それに、アマゾンでの体験で、僧侶になる決心が付きそうです。頑張ります。感動とかそう云う一時的なものではありません」

「私も、宗派にはこだわらず、先代さんのように、一心に布教活動を行い、そのうち私の道が開けると確信しております。中嶋和尚と話しているうちに、私も心の整理が出来ましたよ」

古川記者が、

「二人の坊主の船出に乾杯しましょう」三人は大声をあげて乾杯した。

第十七章 虚像

古川記者が遠慮がちに、

「黒澤和尚、ちょっとお伺いしてもいいですか」

「何でしょうか」

「サンパウロの東洋街に半年ほど前から、自称坊主だと云う男が現れますが、心当たりありませんか?」

「しばらくサンパウロに出ておりませんからね・・・。誰だろう?」

「酒を飲むと『俺は和尚だ』と名のっていました」

「何宗の方でしょうか?」

「確か『ナンデンブツ』とかなんとか言っていましたが・・・」

「エッ、『南伝仏宗』(架空)ですか。十数年前に出来た新興宗派です。ブラジルにきていたのですか? 彼等の厳格な規律は、道を見失った若者に希望を与へ、たくさんの信者を集めましたが、教祖が亡くなると直ぐに解散してしまいました」

「とにかく、その自称坊主は酒癖悪く、東洋街で、暴力を振るって皆に迷惑をかけています」

「そんなに悪いのですか?」

「悪いって云うものじゃありません。彼が居酒屋に来ると誰もが避けて帰ってしまいますからね。いいとこは、金払いだけです」

「教祖が急死してから教祖の奥さんと息子が後を継いだのですが閉鎖的になり、活動内容もハッキリしなくなり、信者離れで直ぐに解散したと聞いております。教祖は古い座宗(架空)の主流派だったそうですが、カンボジアは勿論、タイやミャンマー、ラオス、スリランカ等を、十年間巡礼した後、タイの『上座部仏教』の一派に帰依され、帰国後、『刷新する』と言って『南伝仏宗』を新設されたのです。ですが、その肝心の教祖が亡くなってしばらくすると、『南伝仏宗は『上座部仏教』から外されたと聞いています」

古川記者が、取材ノートを手に、身を乗り出し、

「黒澤和尚、『上座部仏教』とは?」