「『お釈迦』さまが入滅されてから百年後、仏教は布施の解釈の違いで二つに大きく分かれました。その一つはパキスタン、ネパール、チベット、中国、朝鮮、日本へと伝わった『大乗仏教』で、もう一つは、この教祖が巡礼した地域で、今でも『お釈迦』さま時代の厳しい規律を守っている『上座部仏教』で、これらの南の地域に伝わった事で『南伝仏教』とも呼ばれ、その名を採ってこの教祖は『南伝仏宗』と云う教団名にした様です」
「ブラジルには『大乗仏教』だけですか?」
「いえ、勿論、『上座部仏教』も来ています。サンパウロ近郊に大きな煌びやかな寺院を設けています」
「なぜ、『南伝仏宗』はその『上座部仏教』から外されたのですか?」
「厳格な規律が後継者の方達には無理だったのでしょう。厳しく禁止されている金銭のお布施を断る事が出来なかった様です」
「結局、上座部仏教を続けられなかった訳ですね。この自称坊主はとにかく、始末が悪く、しらふ;素面でも人に絡んで、空手三段とかなんとか云って脅し・・・」
「友人に南伝仏宗(架空)に一時帰依していた者がいますから私も詳しいのです。もっと詳しい情報を彼に問合せてみましょう」
黒澤和尚は、居間と隣り合わせの事務所からノートブック型PCを持ち出し、プログラムを立ち上げ、声をあげながらキーをたたいた。
〔元気、か? 私、は、元気、だ。 緊急、の、問合せ、あり。南伝仏宗、の、件で、ブラジル、に、来て、いる、自称、和尚・・ 、
ここまでキーをたたいて、
「その和尚の年齢はどの位ですか?」
「三十代後半ってとこかな」
年齢、は、三十、代、後半、空手三段、カネ回り、よし、・・・、
「古川さん、その他に、例えばメガネをかけているとかー・・・」
「背は一メートル七十センチ前後かな、中肉中背で、メガネはかけていません。顔は、試合に負けて笑顔を失った落原監督そっくりです」
黒澤和尚は古川記者の話をそのままキーに伝えた。
・・・・・・。緊急に、この男を、調べてくれ。以上、ブラジル黒澤光明〕
『送信』をクリックして、
「直ぐ返事がきますよ。もう日本は朝方です。友人は早起きですし・・・」
古川記者が、黒澤和尚の液晶パネルを見ながら、
「便利になりましたね。あっ、ちょっと見せてくれませんか前の画像、仏像の写真ですか?」
「はい」黒澤和尚は、一度閉じた背景画像を画面に戻した。
それを見ながら古川記者が、
「この仏像画、素晴らしいですね。・・・。そうだ! Virtual仏像とかVirtual寺なんて出来ないですかね、便利になりますよ」
その古川記者の言葉に、首をひねりながら中嶋和尚が、
「バーチャル寺って、なに宗の寺ですか?」
「Virtualとは英語で光学的、視覚的な見掛け上の『像』を意味します。だから、虚像寺ですね」
黒澤和尚が説明を加えた。
「英語と同じスペルで、ポルトガル語ではビルトゥアルと発音して、同じ意味で『仮の』とか『見た目だけの虚像』です。最近、ブラジルのインターネット販売でよくみる言葉で、ビルトゥアル・ショッピングと発音して・・・」
中嶋和尚が腕を組んで感心しながら、
「インターネット上に電子仮想寺を建立する訳か・・・」
「まさにその通り。現実の寺よりも立派な電子寺をです」