ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(108)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(108)

ニッケイ新聞 2014年2月28日

中嶋和尚が心配そうな顔で、

「檀家の方達はインターネットでその電子寺にお参りするのですか?」

「そうです。そうなるわけですね。お坊さんやお経をサイトから選んで賽銭を振込んでダウンロードして利用するわけですよ。仏像画像とお経をセットにして、電子和尚にそのお経をあげさせるなんて、どうでしょう?」

「デンシ和尚!? それこそニセ和尚じゃないですか」中嶋和尚が理解に苦しみながら言った。

古川記者は得意げに続けた、

「コンピューターを仏壇の前に置いて、お好みのお経をお好みの電子和尚であげさせるとか、自分の好きな組合せをインターネットにアクセスすればいいわけです。そのうち、通夜や法要は死者の年齢、性別、生前の趣味や好物をインプットすれば、魂にピッタリ合った説法が送ってくるのです。今、出始めたタブレット端末を利用して通勤中の電車の中で法事を済ませるなんて、近い将来可能になりますよ。そんなアプリケーションがきっと・・・」

黒澤和尚も古川記者に続いて

「電子仏壇なんか画面上に生まれて、急速に宗教が電子化されてインターネット上を飛び交う時代が・・・」

「そのうち、ヒット曲、いやヒット、・・・、ヒットお経とかがランクされ、今週の功徳率第一位とかが発表されて・・・、これは、革命的ですよ」

黒澤和尚が頷きながら、

「既にありますよ。キリスト教の聖書なんかはDVDになってインターネットで販売されています。それも、聖書の内容が分かり易いように動画がふんだんに使われ」

時代遅れの中嶋和尚は眼を丸くして、

「これは革命ではなく、テロ行為ですよ。それに、サイバー攻撃なんかが起きて宗教電子戦争に発展するのではないですか!」

「先住が今生きておられれば、きっと古川記者が言っているバーチャル寺も建立されていたかも知れませんね。先住の時代はインターネットなんかなかった時代ですから、彼は紙芝居や演劇等を最大限に活用して布教活動されたのですよ」

「それに、地方のラジオ局と交渉し、毎週水曜日に自らマイクを握って、日本語によるラジオ放送をされました。この広大なブラジルを考えて編み出した手段でしょう。想像して下さい、訳の分からないポルトガル語のラジオが朝六時から一時間ほど日本語放送に変わるのですからね、移住者は涙を流して喜んだそうです。その結果がこのお寺の建立となったわけです。だから、先住はVirtual寺なんてアィデアは見逃さなかったと思います」

黒澤和尚のラップトップが『ピッ、ピ』と鳴った。

「あっ、日本からの返信だ。言ったでしょう、直ぐ返事が来ると。さて・・・」

黒澤和尚は『電子メール』タスクを開け、続けて『受信トレイ』をクリックすると、未開封マークの送信者名『立花』と書かれたメールが一番上の欄にあった。

「さーて!」そう言って、その欄をクリックすると、

〔黒澤光明和尚、しばらくです。お元気でなによりです。ブラジルはどうですか。こちらはまだ五月と云うのに、もう真夏を感じさせる日々が続いております。

問合せの件: 年齢と空手三段から、『森口』さんではないかと思われます。彼は現在行方不明の人物で、南伝仏宗を開いた教主の弟さんの息子です。森口さんは僧侶ではありません。数年前、お寺の事務所で不祥事を起こし、警察に訴えられ、書類送検されています。彼は訴えられる数日前に行方をくらまし、警察は参考人としての出頭令状を本人に渡せず、プロセスは止まっているそうです。これが長引きますと逮捕令状に切り替わり指名手配となるそうです。問合せ内容からだと、ブラジルにいるようですね」