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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(111)

ニッケイ新聞 2014年3月6日

黒澤和尚が、

「古川さん、取材ノートは?」

「いや、既に松木記者が取材していますから、それを確認するだけです」

「・・・!」

「同僚の話では、しばらくすると女が現れるそうですが・・・。もう少し待ちましょう」

黙り込んでいた中嶋和尚が心配そうな顔で、

「私は車で待ちますから、お二人だけで楽しんでください」

「なに言ってるんですか中嶋さん、一緒に楽しみましょう。全て私に任せておけば安心ですよ。大丈夫です」

「私は失礼します」

二人の女が、ひと固まりの三人の後ろを通り過ぎた。

「情報によれば、携帯で呼寄せるそうですから、きっと彼女等ですよ」

また一人の女が加わって三人になると、日本人達をチラチラ観察し始めた。

「松木記者の取材では、気に入った女に飲物を提供し、女が承諾すれば肉体かん、け、い・・・、じゃなく、恋愛関係成立だそうです」

中嶋和尚が眉を八の字にして、

「私は困ります。お二人でどうぞ」そう言っって、不安になった中嶋和尚はなにやら祈り始めた。

「中嶋さん! ナイトクラブでお経なんて止めて下さい! みっともないじゃないですか・・・。しかし、よく考えてみると記事になるなー、これ」古川記者が満更でもない顔で言った。

「私は『吉祥天』さまに助けを求めているところです」

「そこまでしなくても大丈夫ですよ」そう言った大柄の古川記者に赤いドレスの一番セクシーな女がウインクして、

「(貴方達日本人? ポルトガル語解るの?)」

「(俺はなんとか解る)」

「(名前は?)」

「(古川だ)」

「(フルカワ? 私はマルレニ、よろしく。妹のシベリアを紹介するわ)」その言葉と同時に黒髪の姉とは異なり、金髪の妹が黒澤和尚に近づいた。

中嶋和尚は『吉祥天』への祈りに没頭した。その中嶋和尚に異変が起こった。なんとなく八の字の眉毛が逆になり、とがった口がキリッと横にしまり、悪を滅ぼす戦士仏『毘沙門天』の如く逞しくなった。その中嶋和尚に、

「(私バネッサよ、なにか飲みたいわ。日本人? ポルトガル語解るの?)」

そこに、頼まれもしない古川記者が助っ人に入った。

「(彼はポルトガル語が話せないから、俺が通訳する)」

「(素敵ね)」

「(俺、そうでもないさ)」

「(バカ、貴方じゃなくて、彼よ!)」

「(奴が?)」

「(飲み物が欲しいわ)」

「中嶋さん、気に入られた様ですよ、飲み物をあげれば交渉成立です」

「困ります」

「なにも気に入られて困る事ないですよ。彼女の気が変わらない内に早く」

「飲み物をあげれば終わりですね、では、コカコーラを彼女にお願いします」

「イッシ(ひでぇ~)! コカコーラを?」

古川記者が首を捻りながら、

「(ボーイさんコカコーラを彼女に)」

「(な~にこれ、コカコーラでは酔えないわ。でも面白い日本人だこと、好きになっちゃた。名前は?)」

「(俺、古川だ)」

「(貴方じゃなくって! 彼よ!)」

「(奴は、中嶋だ)」

「(あの、F1で活躍したナカジマ?)」

「(どう見たって彼はF1ドライバーには見えないだろう)」

「(でも名前だけでも素敵じゃない)」女は中嶋に絡みついてしまった。