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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(129)

ニッケイ新聞 2014年4月2日

「(しかし、難しい選択ですね引き金を引くのは)」
「(人間は、根本的に人は殺せない。だから冷静な心で引き金が引けず的を外し負けてしまうんだ。それで自分も犯人と同様、獣にならなくては・・・)」
「(ウエムラ刑事は噂通りの野獣ですね)」
「(引き金を引く一瞬だけだ。しかし、一度判断を間違え、獣じゃない署長を撃ってしまったが)」
「(その話有名ですよ。それが原因で刑事を止めたそうですね)」
もう一人の新米刑事が、
「(刑事になった理由は?)」
「(お前達、なんでそんな質問ばかりを?)」
「(署長が、殉職しない為に、ウエムラ刑事から刑事魂をたたみ込んで貰えと言われましたから)」
「(そうか・・・、俺が刑事になった理由は、幼い頃、農園に強盗が入り、両親が襲われ亡くなった。それで、刑事になる決心をしたんだ。もう、二十五年前の事だが、あの両親の命を奪った銃声が鮮明にこの耳に残っている)」
「(そうでしたか。実は、私も父を殉職で亡くし・・・、乳児だったので父の顔は写真でしか知りません)」
「(こんな境遇、刑事に多いですね)」
「(一番多いのは祖父や親父に憧れて、刑事になるケースだな)」
「(それは私です。親父も祖父も刑事でした)」
「(さて、留置所に行くぞ)」
熱いラーメンに手間取ってまだ食べ終えてない新米刑事が慌てて、
「(ちょっと訪問時間には早いのでは?)」
「(やりたい事がある)」
「(拷問じゃないでしょうね。モンテイロ署長が、ウエムラ刑事の記録簿には何度も拷問容疑で訴えられていると・・・)」
「(モンテイロは俺を調べ上げたのか)」
「(でも、モンテイロ署長は貴方を尊敬していますよ)」
「(それで我々をトレーニングのために付けました)」

留置所にジョージ達が着いたのは、丁度給食が始まった時だった。ジョージは一人分の食事を持って、森口の檻に向かった。
「森口さん、昼食だ」
森口は目を三角にして、
「この野郎―! 俺のパスポートを返せ! ここから出せ!」
ジョージは森口の怒りを無視して、アルミ箔の食器の昼食の上に白い紙包みを乗せて森口の檻に入れた。
森口がその紙包みを取ったのに合わせ、
「それは、ある人からの頼まれ物だ」
森口がその紙包みを開けると小さな板切れが出て来た。
「位牌!?」
「そう、タグチのイハイだ。タグチを知っているだろう」
「知らねえな。そんな女」そう言って位牌をジョージに投げ返した。
「白状したな!」
「?」
「なぜタグチが女だと知っているんだ」
「?! ・・・、 そうだろうと思っただけだ」
「これで、五十パーセントの確率だ」
同じ檻の二人の囚人の様子が変わった。
「(この東洋人は強姦犯らしいぞ。可愛がってやるか)」
二人の囚人は眼を光らせた。その嫌な気配に森口は鉄格子を背に構えた。その動作の素早さと鋭い目つきに囚人達は一瞬たじろいた。
「なんだこ奴等!」
「ブラジルの刑務所内では、強姦犯をリンチする鉄則があるんだ。早く白状した方が身のためになると思うが」
森口は、囚人への警戒の目を保ちながらも、平静を装った。
「なんの事だ」