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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(136)

ニッケイ新聞 2014年4月12日

「誰とお約束を?」

「証拠を掴んで必ず裁判に引き出すと、殺された女と約束した・・・んです」

「なんだ、ふざけた事を! 西領事、帰りましょうよ! 訳の分からない日本語で話す二世にかまっている暇はありませんよ」遠藤副領事が怒って大声で言った。

隣のテーブルで孫達に囲まれて幸せそうに食事していた七十代後半の婦人が遠藤副領事に、

「なにが訳の分からない日本語なのですか?」

「そうじゃないですか。ふざけた事ばかり言って」

「ほとんどの二世は日本語とポルトガル語のバイリンガルです。それをバカにしないで下さい」

「しかし、中途半端な日本語で訳の分からない事を言われても困るじゃないですか」

「中途半端な日本語? ・・・、そうかも知れません。ですが、それには深い訳があるのですよ」

「訳?なんですかそれは?」

「戦争です」

「第二次世界大戦?」

「そうです。一九四二年から、日本がアメリカと仲直りする一九五〇年までの間、米国びいきのミゲル・コート排日派国会議員が『日本人移民は不同化人種』と位置づけ日本や日本人の銀行、会社、病院、産業組合等の資本を凍結、五人以上の集会禁止などの法案をつくり私達を敵国人として虐待したのです」

「二世もですか?」

「私達二世も一世と同じ待遇で日本語を話す二世は敵国人扱いされたのです。そして、日本語の勉強や日本語で話すことが禁止され、三世として生れた私の子には日本人の名前すらつけることが出来ませんでした。それでも、私達は日本人として生きようと頑張ったのですよ。ある日、映画に出てくる秘密警察のような刑事達が突然家に来て家の中を調べ、馬小屋に隠していた日本語の教科書や文具を発見したのです。それが原因で訳の分からない容疑で父が捕らえられ、家は接収され、二十四時間以内に着の身着のまま家から出なくてはならなかったのです。それから、釈放された父がサンベルナードの町外れの森の中に布で囲った家を建てるまでの二週間、路上生活を強いられました。こんな苦しみまでして勉強した日本語をバカにしないで下さい」婦人は目を潤ませ、心の奥に溜まっていた当時の苦しみを思い出し、語った。

遠藤副領事は返す言葉を失い、ジョージも呆気にとられた。

「我々の認識不足をお許し下さい」西領事がそう言って遠藤副領事の頭を押さえて謝らした。

「いいですよ、謝らなくても、分かっていただければそれでいいのです」

「すみませんでした」遠藤副領事がそう言って自ら頭をさげた。

遠藤副領事の態度に西領事は満足し、立ち上がると婦人の手を優しく握って、

「大変でしたね。本当に・・・」と労いの言葉を捧げた。

西領事の大きな手の温かさに老婦人は癒され微笑んだ。

「西さん、その話は後で・・・」そう言ってジョージは元の話に話を戻した。

「あっ、ハイ、『森口を裁判に引き出す』約束は他の方がした様ですね」

「そうです。私の信頼ある日本人達なんです」

「分かりました。ジョージさんにこれ以上森口の件は質問しません。森口は上村さんに拘束され、無事のようですので安心しました。直ぐとは言いませんので、お告げの証拠を掴み次第、身柄の引き渡しを約束して下さい。森口も日本人ですから、その身の安全を確保するのが領事館の勤めです。それさえ保障していただければ文句ありません」

「日本の刑事さんはもっとカチンカチンの方だと思っていました」

「おい、西領事は警視庁のキャリアー出身だ。俺みたいな地方刑事とは違うんだ」

「それでは失礼します。勘定は割勘で」