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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(137)

ニッケイ新聞 2014年4月15日

 ジョージは粘る西領事に譲らず割勘とし、あの老婦人にブラジル式の優しい抱擁をしてから、日本食好きの新米刑事二人を促し、『天すし』を出た。
「(留置所に直行だ!)」ジョージはよく当たる嫌な予感を感じて、十メートル離れた駐車場から急発進した。
後を追おうとした遠藤副領事は、車のエンジンを掛ける間もなく、取り残された。

第二十六章 霊感

 ジョージ達はサンタマーロ区の留置所に着いて直ぐ、ジョージの予感通り様子がおかしいのに気付いた。忙しそうに前を通った看守の一人を?まえて、
「(何かあったのか?)」
「(昨日送られて来たオリエンタル(東洋人)が騒ぎを起こし、始末に大変です)」
「(オリエンタルは?)」
「(病院に運ばれました)」
「(怪我?)」
「(はい、同檻の囚人と喧嘩し、彼等を死傷させ、奴も気失う重傷です)」
「(いつ病院へ?)」
「(一時間ほど前です)」
「(どこの病院だ?)」
「(サンパウロ連邦大学総合病院の救急治療室に送られました)」
「(あの、ビラ・マリアナ区の? 護衛は?)」
「(警官二人が付き添いました)」
ジョージは玄関正面に停めた車に走った。新米刑事達も後に続いた。

 回転灯を付けると、猛スピードでサンパウロ連邦大学総合病院に向かった。
「(・・・!)」黙り込んで、考え事しているジョージに、
「(ウエムラ刑事、重傷だと看守が言ったでしょう。大丈夫ですよ)」
「(獣になった人間はそんな生易しい動物じゃない。特に傷ついた獣は・・・)」
サンパウロ連邦大学総合病院の表門を固める為にアレモンを降ろし、ジョージは裏門から病院に入った。救急車や医療品の搬入で、二人一組の守衛達が出入りを厳しくチェックしていた。
ペドロが警察手帳を見せ、ジョージが、
「(東洋人は絶対に外に出さないでくれ!)」
大きな門が開いた。中には地方から患者を運んできた沢山の救急車が並んでいた。
「(ペドロ! 急げ)」二人は救急治療室に走った。先になったペドロが廊下を間違え、結局、ジョージが先に救急治療室の監視センターに着いた。
モニターの前の看護婦に、
「(今朝、運び込まれた囚人はどの病床だ?)」
ジョージの質問に、看護婦が、
「(静かに・・・、あの病床です。今、着きました)」
「(今!?)」ジョージは留置所を出た一時間前との時間差が気になった。
示された病床では、医師や看護婦達が急患を囲み蘇生治療をしていた。ベッドサイドのモニターが忙しく点滅していた。ジョージが入ろうとすると、
「(容態が悪く、緊急治療を施しているところです。邪魔です、入れません。廊下に控えていて下さい)」ペドロが見せた警察手帳も効果がなかった。
「(奴はちゃんといます。もう大丈夫ですよ)」
ペドロの言葉を無視して、ジョージは病床ナンバーの患者のカルテを確認すると、まだ、身元のデーターも記入されていなかった。
「(患者のデーターは?)」
「(緊急ですから、後で)」
「(あぶないのか?)」
看護婦は集中監視モニターを横目で見ながら、
「(トレンドデーター全てが悪いです。動脈圧もゼロに近く危篤状態です)」
五分後、集中監視モニターの警報が鈍い音で鳴った。
ベッドを囲んでいた医師や看護婦が肩を落とし、心電計の電極や人工呼吸器のチューブ等を外し始めた。