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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(138)

ニッケイ新聞 2014年4月16日

 モニターの警報音をリセットしながら看護婦が気の毒そうな顔で、
「(残念でした。出来るだけの事はしましたが・・・)」
「(付き添いは?)」
「(警官が廊下に待機しています)」
「(廊下に?誰もいなかったが)」
嫌な予感で険しい顔になったジョージは慌てて、
「(ちょっと、死体を拝ませてくれ!)」
看護婦は慌てたジョージに、
「(他の患者の事を考えて、静かに行動して下さい)」
「(分かった)」
森口の死体を覆ったシーツの顔の部分をジョージは捲った。
「(畜生・・・)」無残に腫れあがった顔は誰だか分らなかったが、短く丁寧に刈られた茶色の髪から、森口ではなく警官である事が想像できた。
「(奴が逃げたぞ! ペドロ!裏門をふさげ! 俺は正門に)」
「(分かりました)」
ジョージは携帯の操作よりも正門に走る方が早いと思った。途中、二つのトイレを覘いた。
正門で警戒中のアレマンの視野にジョージが現れた。
「(ウエムラ刑事!)」
「(アレマン! 奴は警官に化け、逃げたぞ)」
「(えっ! 四、五分前に警官が一人出て行きました)」
「(五分! 二百メートル範囲に奴はいる。どっちに向かった?)」
「(さー・・・?)」
「(お前は右だ!)」そう言って、ジョージはアレマンと反対方向に走った。
五十メートルほど早足で人混みをかき分け交差点まで来た。三人の警官が組になってのんびりと一見平和な人の流れを監視していた。ジョージは後戻りしてアレマンを追った。
混雑する歩道を避け、百メートルほど車道を走ってアレマンに追いついた。
「(アレマン!)」
「(見つかりません。確かに警官が・・・。逃げられた様ですね)」
「(諦めるな、奴はこちらに逃げた)」
「(いつ、警官に化けて・・・?)」
「(救急車の中だ。救急車の中は密室だ。そこで、油断した護衛を襲った。獣になり始めたぞ、銃を奪っただろうから気を付けるんだ)」
連邦大学総合病院の裏門に走り、車を出して近辺を捜査し始めた。車の窓ガラスにへばり付いてアレマンとペドロが歩道の人混みを監視した。
ペドロが監視を続けながら、
「(裏門の放置された救急車の中で警官と運転手の死体が見つかりました)」
「(奴は予想以上に凶悪だ、気を付けろ。警官の姿ではそんなに自由に街を歩けないだろう。俺だったら・・・、人の流れに沿って、地下鉄だ!)」
三百メートル先の地下鉄アナ・ホーザ駅に直行した。
「(で・・・、現金がなく、地下鉄をあきらめ、目立たないように繁華街を歩き、それから・・・、あの角を曲がって人通りのない路地に入って、制服を脱ぎ・・・、アレマン! あの路地を調べろ)」
アレマンは低速の車から飛び降り、道路を横切って路地に走った。直ぐ、手に何かを持って戻ってきた。
「(おっしゃる通り制服です。それに、服を脱がされた男が倒れていました)」
路地に人だかりが出来始めた。制服に触ったジョージが、
「(奴はまだこの近くだ!)」
「(えっ! ・・・?)」アレマンはジョージになにか聞こうとしたが、考え込んだジョージを邪魔しないように黙った。
ジョージは心を無にして『獣だったらどうするか』眼を瞑って、森口の次の行動を考えた。