小川羅衆はポケットから呼子を出し、霊笛を鳴らした。
《『ひゅ~、ひゅう~う』》、妖怪のチンピラ達はその背筋が寒くなる笛の音に耐えきれず悲鳴を上げて逃げ出した。五越商店の奥から拘束された腕と肩の凝りを解しながら村山羅衆が出てきた。
《先輩、日本の妖怪がどうしてブロジルに?》
《森口に寄生して来たのであろう。悪を餌に繁殖するが、神道の御祓い、密教の呪文で退治できる弱者じゃ》
《ジョージ殿、森口を逃してしまったようだのう。何所から捜せば?》
「それは、俺が聞きたい事だ。冥界の力で捜してくれ」
《昔は、妖怪達に餌を撒いて探させたが、今は森口みたいな人間を怖がって逃げてしまう》
《先輩! 腰抜けの妖怪よりも、悪魔に頼みましょう》
《悪魔は、人間の悪意で創られた妖怪の王だ。それゆえに、神様や仏さまは悪魔を人間界から遠ざけておられるのじゃ》
《それで、人間を守っているのですね》
《違う、悪魔を人間から守っておるのじゃ。悪魔は人間の想像力で創られた魔王なのじゃ、だから、人間の方が残酷なのじゃ。・・・、それに、仏界も人間次第のところがあるのじゃ。注意が必要だ》
《仏界の運命が人間によって左右されるのですか?》
《その通り、仏界も人間の信仰心と想像力に依存するからじゃ》
《先輩、『だいにちにょらい;大日如来』の世界観や西洋の神の創造説によれば、神が人間や宇宙を創造したじゃねーですか? あっしゃーそう伺っておりますが》
《拙者もそう思っておったのじゃが、よーく考えてみると、その創造説そのものが人間によって提唱されたのだ。だから、どちらが正しいのか、・・・》
《?》
《そのうち、理解出来るであろう・・・。さーて、ジョージ殿、活躍してもらえぬか》
《あっしは・・・。ジョージの森口追跡を応援して・・・》
「応援!? ラシュウって期待外れだ」
《期待外れだと! この傷を見ろ、あのナイト;夜クラブ;倶楽部の『珈琲(カフェ)・好気運唾流(スキャンダル)』でおりゃーお前―の楯になって、命を張ったんだぞ》小川羅衆は森口から食らった弾丸の傷跡を見せた。
「最初から命なんか無かったくせに、俺は、大事な生のチンポコをお前に貸したんだぞ。 それに、お前は俺の想像物だそうだから・・・」
《や、止めろ!勘弁してくれ ジョージが俺の存在価値を変に評価すると、この世にも、あの世にも俺は居なくなるじゃねーか! てめーは元禄十七年から大正十年までの二百年間に十回しか選ばれず、もう少しで武天になる修行資格を失うところだった。これ以上無視しねーでくれ》
《お願いもうす。無視しないで下されぬか。ジョージ殿は、黒澤、中嶋両和尚の説得で霊の存在を信じ、しかも、拙者達の霊波周波数に合った脳波をお持ちで、侍映画を見て拙者達を想像出来る希少なお方じゃ。そのジョージ殿が無視なされば、拙者達は二度と浮かばれなくなりましょうぞ》
「お化けになって現れればいいだろう?」
《ジョージ、まだ分からないのか? てめー達は恨み悔やんで現れた幽霊ではなくジョージの想像力で現れた羅衆なんだ。先輩、そうですよね》
村山羅衆が、
《拙者等が森口を見つけ出して、ジョージ殿に羅衆の存在価値をお見せしましょうぞ。しかし、それには今、ブロジルにおられる中嶋和尚と拙者等との協同作業の霊験にて可能になりまするぞ》
「直ぐに中嶋さんをここへ」
《先輩! 我々の霊命は危険です。完全にジョージの想像力に左右されています、畜生! なんて事になりやがった》