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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(150)

「逃げ出した? 管理が悪い証拠だ。羅衆の存在価値を疑うなー」
《ジョージ殿、そっ、それだけは言ってくれるな。お願いでござる。拙者共の存在が、無くなるのじゃ》
「では、俺達はどうすれば?」
《『聖正堂阿弥陀尼院』は、中嶋和尚さん達との約束を信じて成仏に向ってござる。よって、この約束事を今更やめる事は出来ぬ》
「大変な事とは?」
「三途の川を渡る時、もし約束事が出来ていなかったらどうなるか、仏さま達が予想できず。大変心配されおられるのじゃ》
「では、我々が彼女との約束を守ればいいわけですね」
《絶対に約束を守ってくれ、そうでないと、何千年もの間築き上げてきた仏界が崩壊するかも知れんのじゃ。前例がない故》羅衆は興奮すると数百年前の言葉になるようだ。
 サムライの口調に苛立っていたジョージが、
「そんな大げさな」
《大げさではない! 考えてみればわかるであろう。よいか、半世紀前頃から、多くの事で人間は仏界に挑戦してきておる。それに、今回は死んだ人間の霊まで出しゃばって世話しようとしておるではないか》
「人間が仏さまに挑戦を?」
《中嶋和尚、考えてみれば分かるであろう。人間は科学念力の力で、広島、長崎に原子爆薬を使った爆弾を投下し、人間はおろか仏界でも多数の犠牲者が出たのをご存知であろうか、あの投下を阻止しようと冥界から特別に召集された三十五霊衆がフッ飛んで、あれ以来行方不明でござる。仏界でも半世紀に及んだ捜索活動を打ち切り、犠牲衆の慰霊碑まで創りもうした。こんな事は仏界二千五百年の歴史の中で初めてでござる。それに、人間は、二十一世紀になって『員多音網(インターネット)』と云う、とてつもない通信網を創りおった。神戸では『京』と云う『金比羅多(コンピュータ)』魔神(マシーン)を構築しようとしておる。あれが完成すれば仏界の未来予想能力を上まわるのじゃ。恐ろしい事でござる。・・・、それに、つい最近、人間共がもっと危なっかしい挑戦を・・・》
「危ない挑戦?」
《良いか悪いかまだハッキリ判明しておらぬが、大阪大学の細谷が、ヨーロッパのヒッグス教授が予言した秘孔素(ヒッグス)と云うまだ発見されていない神の粒と陀苦魔蛇(ダークマター)と云う幻の暗黒物の正体を理論上暴きつつあると、神界の科学亜科廷観界(アカデミー)から情報がまいった。それに、それを立証する為に、仏界が苦手な地底に大がかりな物質観測施設を作ろうとしておるそうじゃ》
「仏界に苦手があるのですか?」
《仏界は地底と癌魔線(ガンマーセン)が嫌いなんじゃ。それに、生身の人間が見えてはならぬ霊を具体像に浮かばせる反物体もじゃ》
小川羅衆も頭をかいて、
《? 先輩、何がなんだか、さっぱり分かりませんが》
《この教授は、神の粒と陀苦魔蛇と云う暗黒物、それに反物体や生命誕生の微妙な環境を作った暗黒恵熱流気(エネルギー)を操って、新しい理論を打ち出しておる。その理論通り神の粒がもし発見されれば、この世に五次元の世界や、それ以上の次元がある事が暴かれ、仏界を揺るがすのじゃ》
「五次元?」
《この秘孔素と云う神の粒の密度を制御できれば物の重さを自由に変えて光速以上の走行も可能になり、時と空間を自由に操れるのじゃ》
「? それが仏界に影響を?」
《我々冥界や仏界が一番得意とする時と空間を自由に操る霊術が人間にも可能になるではないか》
「?」《?》村山羅衆が話す物理学と云う分野がこれっっぽっちも分からないジョージと中嶋和尚と小川羅衆は、ただ、首をひねって眉毛を八の字にするばかりであった。