サンパウロ州海岸部グアルジャで起きたファビアネ・マリア・デ・ジェズスさんリンチ殺人事件から10日が経った。単なる噂が罪無き人の命を奪った事件は、ストレス社会のブラジルと自分達の手で正義の鉄槌を下すという考えの恐ろしさを改めて露呈した▼3日に起きたリンチ殺人事件の発端は、4月に流れた、子供を誘拐して黒魔術の儀式に使う女性がいるという噂だ。あの日、聖書を持ったファビアネさんが子供に食べ物を与えようとしたのを見た人達は、黒魔術の本を抱えた魔女が子供を誘拐するために食べ物を与えているとでも思ったようだ▼事件直前、同市の親達は我が子が誘拐されたらと怯え、神経をすり減らしていたが、ファビアネさんは、自分の母親の「お前も(12歳と1歳の)娘がいるんだから気をつけなさい」との言葉に、「そんな発想は悪魔の仕業よ。嘘に決まっているわ」といなしていたという▼そんな彼女が魔女にされ、リンチの末に命を落とした。ファビアネさんが魔女だと思い込み、渾身の力で角材を振り上げて彼女の頭を殴りつけた男性は、我が子を守りたい一心だったと述懐した▼ファビアネさんの夫は「同様の事件が起きぬよう、疑わしい件は警察に委ね、確証を得た上で法の裁きを受けさせるようにして欲しい」と訴えた。子供を持つ親や地域の人達の不安は分るが、単なる噂で妻や母を奪われた家族がどんな思いで「母の日」を過ごしたのかと考えた▼ストレスにさらされた人達が自らを制する事を知らないまま行動に出る怖さを痛感した事件。誰もが紙一重で被害者にも加害者にもなり得る現状を見ると、ファビアネさんの娘達は何も語らないとの報道が殊更重い。(み)