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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(156)

 腕を組んで、右手をあごに当てたジョージが、
「ちょっと質問が・・・、ここでお祈りを上げるんですね? それで何が起こるんですか?」
「森口を念仏で捕らえてここへ連れてきます」
「そんな事、出来っこないですよ」
《ジョージが初めからそう思えば、ありっこねーじゃねーか》
「よし、信じよう! で、村山さんと小川ラシュはなにをするんだ?」
《拙者どもは黒澤和尚の部下となり、森口を呼び寄せようではないか》
「呼び寄せる? 呼び寄せてどうするんだ、煮て、焼いて食べるのか? それに、いくら仏の力と云っても、獣をここに連れて来るのは到底無理だ」
「お祈りをして、自主的にこちらに来てもらいます」
「そんな、なま温い事では獣には勝てません! 奴の居場所が分かれば俺が捕らに行きます」
「ジョージさんの要望通り、まず、森口の居場所を見つけましょう!」
「お寺に密教に少し関係ある経典の中の『金剛頂経』(こんごうちょうきょう)の不空訳の三巻と黒澤和尚には口伝による秘密の念力がありますね」
「これ等で森口の居場所を捜せるでしょう」
《先輩、彼等が言う不空(ふくう)とは?》
《不空はセイロンの竜智(りゅうち)から密教を学び、それを中国まで広めた北インドの僧だ》
 早速、黒澤和尚は『金剛頂経』のジャバラ状の経典をめくりながら単調な調子でお経を読み始めた。
 中嶋和尚も一小節遅れて加わった。お経のコーラスは心地よく皆を包んだ。
「コー、ダー、フー、ジョー、リーチー、フーニー、コンゴー、ダイニチ、ニョーライ、・・・、・・・、ムリョー、カイフー、・・・、・・・フドー、ミョーオウ、…、…、ブァイ、ロー、チャナ、マー、カー、ビー、ルー、シャー、ナー、ボン、モウ、・・・、・・・、・・・」
 お祈りは一時間に及んだ。白肌の中嶋和尚の顔が仁王さまの様に赤くなり、黒澤和尚も同様に赤くなっていった。
 傍で取材に熱中している古川記者の乱れた髪も感化されて逆立ち、ジョージだけが平静を保った。天井の蛍光灯がピカピカッと瞬いた。

第三十章 冥界

 料亭の雰囲気を持った大きな日本料理店に帽子を深くかぶった男が入って来た。直ぐに着物姿の金髪の女が、青畳の匂いが漂い、障子越しに日本庭園が見え、一方は白壁、奥には掛軸と生け花で飾られた床の間を備えた座敷にその男を案内した。男は靴を無造作に脱いで座敷に上り、テーブルの前にあぐらして座った。着物姿の女が、お茶を出しながら、
「オノミモノワ?」
「酒だ! 瓶ごと持って来い」
「メニューワ、テーブルニアリマス。デワ・・・」女は無造作に脱ぎ捨てられた靴を揃えると、お辞儀して襖を閉め、引き下がった。
 女が去ると、男は頭の傷を気にしながら帽子を取り、腕を頭の後ろに組んで、床の間に頭を向けて仰向けに寝転んだ。
 寝転んだ男の身体の上に現れた心霊画像に悪類怪団(アルカイダ)や疣蛮(タリバン)の奏者(テロリスト)の迷える霊達が命を捧げた神を探して渦巻いていた。

 ローランジアでは、森口との接触を試み、『金剛頂経』のお経をあげる黒澤和尚と中嶋和尚の前に心霊画像が薄く現れた。
《村山先輩! 蜃気楼が・・・》
《しー、静かにせよ。あの画像は人の心の中を映し出す夢幻像と申すものだ。拙者も初めて拝見した。仏の六神通力の中の、生死をも見透かす天眼通(てんげんつう)の術と、他の力との合作によるものであると聞いたが、・・・》