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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(166)

 古川記者が、
「ジョージも一緒に呼び戻して羅衆に・・・」
「ジョージさんは過去にはいなかった方ですのでこれ以上活躍出来ません」
「役に立たないのであれば呼び戻しましょう」
「村山羅衆や小川羅衆もついでに現在に呼び戻します」
 古川記者が心配顔で、
「中嶋さん、インディオ達は仏教に帰依しますか?」
「ブラジリアの空港でたくましいインディオ達を見ました。あの印象では、我々よりも澄み切った霊験を持ち、正しいと信じれば戦いの正装をした『不動明王』そのものです。そうなれば数十倍の力になって闘うでしょう」
 新しく加わった不可視のエネルギーと無煙エネルギーを背に受け、黒澤和尚は要領を得た密教の術を駆使して、過去のジャングルから過去のインディオとアレマンの身体から取り出したジョージ達を本堂に呼び寄せた。進行係を買って出た精霊達が、次々と到着するインディオ達を整列させた。
『トメアスの方に、インディオのトゥピー語が判る人がいませんか?』
 古川記者の問いかけに、名乗り出たトメアス出身の羅衆の通訳で、中嶋和尚は勢ぞろいしたインディオ達に説法を始めた。
『(我々、貴方の崇める神、尊敬する。同様に我々仏教、信じてくれ)』
《(仏教? その神、イケニエに何必要?)》
『(生ケニエ、ない)』
《(神として失格。神はイケニエ必要する)》
『(ブッダの教え、生ケニエ、ない)』
《(イケニエない教え、カスみたい)》
『(そう、仏教、カス同じ、なにもない)』
《(なにも無い教え?)》
「(そう、なにも無い、教え)」
 通訳の貧弱さが逆に効を奏し、単純明朗な会話になった。
《(何も無い教え? ・・・。粗末な教えだ)》
『(そう、単純で粗末)』
《(粗末過ぎて、難しい)》
『(考えない、よろしい。信じれば苦しみ無い。それ悟り)』
《(苦しみ無い、それが教え? 毒も、臭いも、苦味も、痛みも、暑くも、お腹空いたも無い、それが教え?)》
『(それもあるが、それだけでなく、人間同士によって起こる苦しみ)』
『(白人がもたらした苦しみ? だとすると、危険も、だましも、失敗も、心配も、病気も、借金も、嫉妬も、浮気も無い教えか?)』
「(そうだ!)」
『(この助け、みな俺達、必要、よし、仏教、受け入れるぞ!)》リーダーがそう叫ぶと、
《ホーウ!》とインディオ達の同意の一声で仏教が認められた。
 透き通った水の様なインディオ達の魂は一瞬の内に仏教の教えを吸い取り、帰依し、直ちに黒澤和尚の密教の力で羅衆化した。
 古川記者が、
「中嶋さん、簡単でしたね」
「いえ、大変でした。彼等が余りにも自然で透明で、真心しか通じず緊張しました。黒澤和尚、協力していただき、ありがとうございました」
「中嶋和尚、一歩、心を間違えると生けにえでしたからね。だから助っ人に入りました。凄く緊張しました。初期の『お釈迦』さまの布教活動もこんなものだったかもしれませんね」
「では早速、過去のジャングルへ戻っていただきましょう」
 トメアスの精霊達がインディオ羅衆団を再び整列させ、出発準備を整えた。
 黒澤和尚の『神足通』術の唱えに、中嶋和尚も加わり、大改良された新型『觔斗雲』でインディオ羅衆が一団となって飛び去った。