ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(169)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(169)

第三十三章 理想

 二日後、ロンドリーナ大学病院で緊急治療病床から一般病棟に移された中嶋和尚と黒澤和尚がブドウ糖の点滴を受けていた。そのベッドに腰掛けた古川記者が、
「では、救われた世界の平和と和尚さん達の快復を祝って乾杯しましょう」病院内を尊重してジュースと小声で乾杯した。
 ジョージが、
「中嶋さんの症状は本当に危なかったんですよ。快復したといってもまだ三日は養生しなくてはならないそうです」
「ジョージさん、有難う御座いました。あの時、気を失ったと思われましたが、意識はあったのです」
「意識があったのですか?」
「そして、皆が大騒ぎしている模様やベッドに横たわる私が見えたのです。私がジョージさんに話しかけると、ジョージさんには伝わらず、それで、私は死んだのだと判断しました」
「俺の経験から、うつ伏せの死体が多かった事で、悲観的でした。中嶋さんは助からないと思いました」
「本当に密教をあまくみていました」
「これ以上留守すると、従業員に会社を乗っ取られますから、サンパウロに戻ります」
「私も、編集長から首にされます。シロゴハンの取材記事をもって帰ります」
「退院したら連絡を下さい。迎に来ますから」
「ありがとう御座います。ですが、私は密教の素晴らしい極意を黒澤和尚に指南をいただき、それに、井手善一和尚の教えを学び、本物の僧侶になろうとローランジアでしばらく修行します」
 雑学の王様みたいな古川記者が、
「カトリック教徒が六十五パーセントを占めますが、ブラジルは宗教の自由が百パーセント保証され、世界中の宗教が仲良く共存し、宗教の見本市の様な所です。中嶋さんにとってはうってつけの修行場になるでしょう」
「私もそう思います。ブラジリアの空港でイスラム教とユダヤ教の牧師が仲良く話し合っているのを見ました。ブラジルはあらゆる文化、人種、異なった思想の持ち主がポルトガル語を介して理解し合い、仲良く暮らしている不思議な国です。世界平和の鍵がブラジルにあるかもしれません。その謎を紐解き、これからの宗教、仏教のあり方、これからの宗教の理想を模索し、修行に励みたいと思います。おかげで、大きな目標が出来ました」
「では、俺達はサンパウロに戻ります。・・・、古川!帰るぞ」
 古川記者は図を書いた紙を持ち出して、
「ちょっと待て、ローランジアの謎が解けたぞ!ジョージ」
「なに興奮して、俺はもう、謎めいた事はこりごりだ」
「中嶋さん、黒澤さん、謎が解けました」
 黒澤和尚もベットから身をのり出して、
「ローランジアの謎がですか?」
「そうです。ローランジアは、世界でも例のない珍しい条件を備えた所です」
「珍しい条件とは?」
「その条件とは、ここから五百キロ離れた、数年前まで発電量世界一のイタイプー水力発電所と、やはり、ここから五百キロ離れ、その殆どを消費するサンパウロ市との丁度中間点です。中間点とは、プラスでもマイナスでもないニュートラルな場所なのです」
 古川記者の昂ぶりに、ジョージが、
「それが、如何して珍しい場所と云えるんだ?」
「通常の発電所は消費地まで交流方式で送電するが、イタイプー発電所からサンパウロまでの送電は世界で他に例がない直流方式で、しかも、地面を片線に利用した、これまた珍しい送電方式で・・・」
「?」