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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(170)

「送電には必ずプラス・マイナスの二本の送電線が必要だそうで、その二本で行き帰りの閉回路と云うループ・サーキットを構成しなくてはならないそうだが、イタイプー発電所からサンパウロ大都市近郊まではたったの一本で送電されているんだ」
「もう一本は?」
「もう一本は地べた、つまり地球がもう一本の送電線として利用されているんだ」
「危なくないのか?」
「開業当時、何らかの影響が出るのではと心配されたが、それによる問題は報告されていないそうだ」
「直流と交流の違いってなんだ?」
「俺に専門的な質問はしないでくれ、ただ、長距離送電を経済的にするには直流送電方式がいいそうだ」
「?」
「発電所の説明だと、直流はピーク電圧とか云う厄介なものがなく絶縁の電圧が低くなり、長距離の送電設備費を三分の一に抑える事が出来たそうだ」
「ほー。古川はなんで詳しいんだ?」
「十五年前、イタイプーの取材をまじめにしたからだ」
「その直流電圧が如何してローランジアの謎と結びつくんだ?」
「言っただろう! ローランジアは送電ルートの中間点だからプラスとマイナスの中間点で電気的に静寂な所で・・・、この図を見てくれ・・・」
「? さっぱり分からないな」
「もう一つ、ローランジア近辺は、世界の地磁力の等高線の中で最も磁場が弱い『地磁気ホール』と呼ばれる静寂な地域だそうで、そう云う観点からもニュートラル・ゾーンなんだ。それで、微弱な霊界信号を持った霊が安心してこの世と行き来出来るわけだ。それに、まだいい条件がある」
「他にも?」
「ローランジア地方には日本の様な災害が全くないのだ」
「サイガイがない?」
「そう、自然災害が全く無いのですよ。火山や地震、カミナリ、台風が無く、シロゴハンの様に平和なところなのです」
「あの世から舞い降りてくる霊にも安全なのですね」
「その通り! ローランジアは全ての条件が揃った、ニュートラルで、何の影響も受けない聖地、霊界や冥界から見ると平和な地上の楽園なのです」
「井手善一和尚はそれを知ってローランジアに寺を建立されたのですね」
「そうだと思います」
「それで、平和が嫌いな悪霊達との戦いに勝てたのでしょう」
「私が幽霊の樋口さんと出くわした所だし、それに、来年、日本から皇太子殿下をお迎えして開催される移民百周年記念式典も、なんの抵抗もなくローランジアに決まり、勿論、慎重な宮内庁も許可したし、その観点からもニュートラルと云える所です。それに、中嶋さんだって仏界を覗く事が出来たし・・・、中嶋さん、如何でした仏界は?」そう言って、咄嗟に、古川記者が取材ノートとペンをかまえた。
「『無』でした」
「む? と云うと?」
「冥界は、人間のイマジネーションの世界です。だから、私に死に対する想像力がまだ無かったのでしょう」
 黒澤和尚が、
「私のイマジネーションでは、中嶋和尚の力で成仏した多くの開拓者が、この世で叶えられなかった故郷訪問の計画を井手善一和尚に立ててもらっていますよ」
「本当ですか、それはよかった。それに、皆、成仏してくれて・・・」