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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=3

 さあ着いた。此処がドゥアルチーナ、我が家の再出発点だ。少年ながらも夢はある。家も仕事も全てが新しいブラジルでの生活が始まるのだと思うと何となく勇気がわいてくる。
 駅に着くと三坂耕地から貨物自動車で、耕主の甥の義男さんという青年と監督さんの二人で出迎えに来て下さった。同じ汽車で来た荷物を積み込み、同じ荷台に乗り込んでドゥアルチーナという町並みを見ながら耕地に向かって行った。
 でこぼこ道に揺られながらのブラジル見学。しかし想像上のブラジルはどこへやら、赤煉瓦の文化住宅はどこにも見えず、道路沿いにあるのは草葺きの低い土壁の小屋で人の住まいとは思えぬ有様。だが煙が屋根の下から上がっているし、裸の子供たちが3、4人近所で遊んでいる所を見ると、小屋には人が住んでいる様子だ。
 夢でも見ているのだろうかと思った。自動車は相も変わらずがたがたと悪い路を登ったり下りたり、そのうち小川に着いた。小川の先には道が続いているが橋らしいものは見あたらない。しばらくして小川の手前まで来て見てびっくり、小川の中を通るらしい。速力をゆるめながら小川の中へ入って行き水しぶきを上げながら渡っていく、驚きの連続だ。
 程なくとある板壁の家、というより小屋の前に止まった。そこで運転手さんが降りて皆に降りる様にと言うので、おっかなびっくり、用心しながら降りると、この家が今からあんたたちの住む家だと知らされた。
 汽車の中から見た赤煉瓦の家を想像していたのに、こんな薄汚い家に住むのだと思うと、ぞっとした。家族の皆も思いは同じだったらしく、おっかさんは、「電気もない」と心細げにつぶやいていた。小屋の周辺2メートルほどは最近取り除いた様子だったが、あとは一面人丈程の草が生い茂る草むらだ。日本に居たときに、熱帯のブラジルには恐ろしい毒蛇がうようよ居ると聞いていたので、今にも草むらから出てくるのではないかと辺りを見回したが、それらしいものは見当たらなかった。
 父も兄もぼんやりと辺りを見回していた。運転手さんと監督さんは、さっさと荷物を降ろし始めたので家の者も手伝って降ろした。荷物といってもほんの身の回りのもの。あとは殆ど日本に置いて来てあったので大した物は無かった。仕方なく薄汚い家の中に運び込んだが、皆気を落とし口数も少なく片隅にしょんぼりとして、暮行く空を眺めていた。
 すると、外でがやがやと呼びかけてくるのが聞こえてきた。見舞いに来てくれたのは、去年ブラジルに来られたという先輩移民の山崎さんと小沢さんという人達だった。着いたばかりでお腹が空いておられるだろうと、大盥に山盛りのバナナやみかん、湯気のたったさつま芋の煮物や白い芋らしい物を持って来て下さった。
 自分たちが味わった淋しさは忘れがたく、今度来た人達を少しでも慰めたくて持って来て下さったらしい。同胞としての心情からの行為であった。
 先輩たちは自らの経験から、「あなた方のその苦しみは当然ですが、日本のような文明国からこのブラジルという未開の国に来る事になったのも、きっと前世からの約束事でしょう。一日も早くあきらめる事が立ち直りの近道ですよ」と説いてくださった。
 「さあ、口には合わないかも知れませんが、せめてのもてなしです。どうぞ。」と言い、間もなく「おやすみなさい」と言って帰られた。