08年のリーマン・ショックから6年――。日本では東京五輪特需から再びデカセギ需要が高まっている。90年代のデカセギブームで多くの若い働き手が訪日したバストスでは、帰伯後も日本にトンボ帰りする人が多く、人口わずか2万人ながら「今も2千人が日本に滞在中」と言われている。〃卵の都〃として存在感を高める一方で、コロニアは青壮年人口の空洞化と高齢化、日語学習者の減少などに直面している。若者の流出を止めることは出来ないのだろうか。卵祭りがあった18日に現状を聞いてみた。
ブラジル拓殖組合が創生したバストス市内各所には、今も日本人の名を冠した商店や通りがある。そんな日本的佇まいとは対照的に、日系人口は15%、800家族と言われ、若者不在が目立つ。卵の都は〃デカセギの都〃でもあるようだ。
長年、同文協で役員をし、コロニア事情に精通する阿部五郎さん(87、二世)によれば、「一家族から一人、二人は行っている感触だから、1千から1500人ぐらいじゃないかな」という。「ある程度のお金を日本で作ってこちらで家を買った人もいる。でもその後、家族を養う仕事が中々ない。ブラジルも今は学歴社会だから初等教育くらいしか受けていない人は良い仕事がない」という現状だ。
帰伯者の多くは養鶏場やトラック運転手など、単純肉体労働についており、日本食店や雑貨屋など商売を始めても、多くは経験不足から不成功に終わるようだ。「日本では大企業で働くから、後で自営業をする際にその経験が応用できない。僕の知る限り、商売で成功した人は2、3人。大半は失敗」と帰伯後の起業は困難のようだ。
バストス文協日語学校では、デカセギ希望者の生徒の割合が増えているという。教師の小林まゆみさん(26、三世)は、「東日本大震災があった時に一旦減ったけど、またデカセギの波が来ている」と語る。
「働き口がない」から訪日就労希望者が多いのかといえば、そうではない。小林さんは「選ばなければ仕事はある。私の知り合いはスーパーや養鶏場の受付で働いている。でも日本の給料とは違うので選り好みする人が多い」と指摘する。
自分で起業するケースもあるが「忍耐力がないから長続きしない。1年くらい赤字覚悟じゃないと」と厳しい意見を表明。「いい車を買ったりして貯めた資金を使い切り、訪日を繰り返している人もいる」とも話した。必ずしも雇用不足が若者流出の主因とは言い切れない状況のようだ。
訪日就労再興で学習者減少=文協と伯学校で増減異なる
若い世代が再びデカセギ流出する中、日語学習者も減少を続けている。バストス文協日語学校の小林まゆみさん(26、三世)によれば、同校の生徒は18人、昨年の35人のおよそ半数に落ち込んだ。
JICA青年ボランティアの木曽真智子さん(37、福井)は生徒数減少の理由を、「将来役に立つか分からない日本語よりも、英語を学ばせようという親が多い。両親が日本語を話せないので、祖父母と日本語で会話する機会でもなければ子どももあまり興味を持たない」と分析する。
しかし彼女が勤務するコレジオ・サンジョゼ・デ・バストスでは、昨年から放課後に希望者が参加する無料日語教室が設置され、初年度は1週間で全校生徒の2割にも上る延べ120人が訪れた。同コースは、ポ語を話せないデカセギ子弟が5人も同時に入学したことで設置された。今年は生徒数約40人と昨年の3分の1に減少したが継続中。木曽さんは「放課後にそのまま学校で日語を勉強できるので、送り迎えをしなくてすむからでは」と推測した。
漫画やアニメがきっかけで日本語に興味を持つ子も多く、非日系が4分の1ほどを占めている。彼らをうまく取り込んだことも生徒数確保の要因のようだ。