2日、文協大講堂の公式行事を終えた安倍首相は、リベルダーデ区にある山口県人会(要田武会長)を急遽訪問した。公式日程にはない行動だったが、祖父岸信介、父安倍晋太郎氏の出身県とあって、首相の思い入れの深さから実現した。
午後4時前、同県人会に「総理が来訪する」との連絡が入り、会館で待機していた伊藤紀美子事務局長を始めとする会員たちは騒然となった。「ぜひ来館を」と総領事館に何度も要請し、「万が一実現した時のために」と粗相のない様、念入りに準備していた。それでも突然の訪問決定には驚かされた様だ。
最初に州警察、そして軍警バイク、連邦警察の順にブラジル側の警護が物々しさ現れると、首相来訪の真実味が色濃くなり、皆の期待は徐々に高まっていった。
午後5時半頃、警察のバイクに先導され、専用車から降りた総理が昭恵夫人と供に現れると、待ち構えていた約50人の会員たちは日伯の旗を振り、「ようこそおいでました!」と山口弁で歓迎の挨拶。到着早々、立ち並ぶ会員と次々に握手をし、全員で記念撮影をするなど首相の気さくな人柄に会員たちは感激しきりだった。
初めて見る会館に、首相は「結構立派な建物だね」と見上げから中に入ると、来伯に合わせて準備してあった晋太郎氏の出身地・油谷の特大パネルが展示されていた。一目見て、「懐かしいね、うちの田舎だから撮っておいて」と随行のカメラマンに一言。その前で要田会長、西村武人顧問、伊藤事務局長と写真撮影を行った。
同県人会には以前、晋太郎氏より寄贈されたレーザーカラオケセットが壁に飾られており、それを見て「ああ、これだね」と笑顔を見せた。要田会長が「県人会の宝物として飾っています」と言うと、「もう古いからまた新しいのを送ろうか」と冗談を交えつつ感慨深そうに眺め、また伊藤事務局長が、85年に総理が来聖した際(本紙、2日付既報)の写真を見せると、「見て、僕若いからやせてるね」と昭恵夫人に声をかけ、二人で懐かしそうに見つめていた。
その後、応接室に移動し会館を後にしたが、外で待っていた会員たちと再度握手を交わし、去り際には何度も手を振っていた。
わずか10分程の滞在であったが、要田会長は「本当に来て頂けたとは感無量です。文協9階でご挨拶した時にも、私の言葉に、にっこり微笑んで頂いて、本当に気さくでお優しい方でした」と目を潤ませた。
伊藤事務局長も「バイクが到着したときには『本当に来られるのだ』と思い涙が出ました。今回の準備は本当に大変でしたが、それ以上の物を頂いて感激で言葉もありません」と、同県人会の思い入れを代表するかのように語っていた。
また西村顧問は「パネルについて『お父上のご出身の油谷です』と言うと『後小畑だね』と、説明よりも詳しく答えられました。見て頂けるかわからなかったが、喜んで頂けたので準備しておいて良かった」と首相の郷土愛に感激した様子だった。
昭恵夫人リベルダーデ広場へ=熱烈歓迎に握手で応え=「感激で涙が出ました」
2日午後3時50分、昭恵夫人はリベルダーデ広場に到着し、歓迎するために集まった人々から熱烈な歓待を受けた。同広場には、夫人を一目見ようと集まった人々でごった返し、日系人のみならずブラジル人からも注目の的となった。
専用車から降りた昭恵夫人はリベルダーデ文化福祉協会(ACAL)の池崎博文会長に伴われ、東洋市の屋台が立ち並ぶ中を散策した。池崎氏から東洋街の説明を受け、時折、興味深そうに覗き込んでいた。
道路には日ブラジル国旗が飾られ、広場の角にはACALが用意した横断幕もあり、それを背景に写真撮影した。気さくな昭恵夫人は側にいた子供たちを自ら呼び寄せて、大勢の人達とにこやかに写真に納まる一幕も。
見守る人々から次々と握手を求められたが、終始笑顔で応対し、一通りの散策が終わった後、ACALの婦人部よりカンガ(風呂敷)とバイアーナの人形を贈られ、その場で行われた写真撮影にも快く応じていた。
プレゼントを手渡した小林優子さん(61)は「とても素敵な方で、感激で涙が出ました」と瞳を潤ませ、市田イツ子さん(69)は「お会い出来て嬉しかったです」と喜びもひとしおの様子だった。
池崎会長は「日本からは遠く離れていますが、忘れずにまた来てください」と声を掛け、分刻みの予定の中、疲れも見せず笑顔を絶やさない昭恵夫人に皆魅了されていた。