樹海

 「体はあちこち痛いですが、ぼけてはいません。ぼけたら皆さんに迷惑がかかりますからね」。移住85周年を迎えたアマゾン移民発祥の地トメアスーに住む第一回移民の山田元さん(87)は、真面目な口調ながらも笑い飛ばすようにそう言った。山田さんにかつてのトメアスー桟橋や南拓事務所の場所を案内してもらった。電話を受け、「用意しますから30分後に来てください」と言い、20分後に着くと、既に家の前で待っていた▼車の中で自己紹介をすると、以前取材した本紙記者の名前も覚えていた。学術調査で訪れ、山田さんに案内を依頼した佐賀大学の教授のお礼の言葉に、「お役に立てたかどうか。2歳で来ていますもので」と恐縮した。その折り正しい佇まい、実直な話し方に、自分の祖父母の子供時代、日本ではこういう人が多かったのだろうな―と想像した▼その日は午後7時から梅田邦夫大使の歓迎会が予定されていた。午後6時を過ぎ、まだ一行は車で市内を走っていた。山田さんは「もうそろそろ家に帰って準備しないと。遅れたら失礼に当たりますから」と言って車を降りた。式典では乾杯の音頭を取り、日本語と流暢なポ語でしっかりと挨拶した。山田さんによる「歓迎 梅田大使御夫妻様」と書かれた達筆の毛筆の字を見ているうちに、そこはかとなく感動が込み上げてきた▼3年半の間に多くの移住地を訪れ、たくさんの移住者と接した。全ての出会いが人生の糧となった。本紙記者としては最後の取材に、山田さんのような移住者に会えた。襟を正し、ブラジルで日本人が残したものがどういうものか、改めて考えたいと思った。(詩)