樹海

 2012年、何気なく入った香川県の喫茶店で見た「うるう年は逆打ちで」のポスターに仰天した。八十八カ所のお遍路を反対に廻ることでご利益があると言っているのだが、何も知らなければ呪文にしか思えない。とはいえ、祖母の出身と家人の郷里が四国なので身近な存在だ▼休暇で里帰り中、玄関口で岳父と話していると、普通にお遍路さんが通る。「ちょっと待って…」と、みかんをあげたり自販機でコーヒーを買って渡したりする。その振る舞いがなんとも自然。これこそ日本古来の「おもてなし」、いや「お接待」という▼その魅力に取り付かれたブラジル人がいる。05年に歩きはじめ、今年9月に4度目の結願を果たした ジェラルド・ベルナディノさん(70)と、アリッセ・ヤエコ・ノグチさん(65、二世)。読売新聞が報じた。99年に歩いたサンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)で会った日本人から聞き関心を持った。魅力は「ただ歩いていると、日常を忘れ、自分の心の声が聞こえてくる」▼物の接待より印象深いのは「言葉のお接待」だったとか。豊かな自然のなかで掛けられる「気をつけて」「頑張れ」「お疲れ様」「おはよう」―。「自然も美しいが、何より日本人の心が嬉しい」。二人はブラジルでお遍路の魅力を伝える活動をしたいと話している▼日本人なら言葉からさらに深く読み取る。知人によれば、接待も県民性があり、その背景の歴史にまで思いが至り、「無心になかなかなれない」と笑っていた。四国には豊かな自然と素朴な日本が残る。ブラジル人もだが多くの日系人に知ってもらいたいと願う。(剛)