ブラジルに「セニョール・プロピナ(賄賂)」というありがたくないあだ名をつけられている名物政治家がいる。それが、過去にサンパウロ市長も歴任したパウロ・マルフ氏(83)だが、サンパウロ州民にしてみれば「またか」の裁判が、来年3月にフランスで行なわれる見込みとなっている。
1931年生まれのマルフ氏は、軍事政権時代(1964~85年)から、軍政支持の大物政治家として知られ、この時代にサンパウロ市長(1969~71年)、サンパウロ州知事(79~82年)をつとめている。
また、85年1月に行なわれた、まだ軍政下の議会投票だった頃の大統領選に軍政支持の勢力の代表として立候補したが、民政復帰派代表のタンクレード・ネーヴェス氏に破れ、軍政が終わるきっかけとなった人物としても知られている。なお、このタンクレード氏の孫が、先の大統領選で接戦の末に敗れたアエシオ・ネーヴェス氏だ。
また、マルフ氏はその後もサンパウロの政界に君臨し続け、93~96年にはサンパウロ市長に復帰。97~2000年も自身の息のかかったセウソ・ピッタ氏を市長として当選させるなど、強い影響力を誇った。
マルフ氏はマルジナル・ド・チエテ、コスタ・エ・シウヴァ高架橋など、サンパウロ市内の幹線道路の建設その他の事業面で大きな功績をあげ、それで評価する向きも少なくない。
だが同時に「仕事もするが金も取る」というキャッチフレーズが生まれるほど、その業績にはたえず賄賂の疑惑がついてまわった。やがてマルフ氏は、ピッタ氏と共に汚職疑惑でメディアをにぎわせることとなる。
マルフ氏に目立つのは、国外の銀行に秘密口座を作ってマネーロンダリング(資金洗浄)を行なうパターンで、これまでも、2004年にスイスに開設した口座、2006年にはイギリス領のジャージー島に作った口座が発覚、10年にはアメリカに作った口座がばれて国際警察に指名手配されている。12年には世界銀行のブラック・リストにまで乗った。
こうしたイメージから、マルフ氏は1998年以降、サンパウロ市長や知事に立候補しても、拒絶率の高さゆえに落選する状態が続いていた。それでも2006年選挙から今日に至るまで下院議員として当選し続けていたが、12年選挙から適用され始めた「フィッシャ・リンパ法」という、候補者の政治犯罪を厳しく審査する法律により、14年選挙での立候補が無効とされ、議員の座を失うことになった。
そして今回、フランスの捜査当局が、マルフ氏がフランスの銀行「クレジット・アグリコレ」の口座に入金した170万ドル(430万レアル)が、サンパウロ市長だった93~96年に受け取った賄賂をマネーロンダリングしたとの疑いで告発した。マルフ氏は2003年にもフランスで逮捕されたが、その際は供述を行なった後に釈放されている。来年3月の裁判で有罪となれば、10年の実刑判決を言い渡される可能性がある。
ブラジルでは今年、同じく「軍政時代の最後の大物政治家」と呼ばれた元大統領(1985~89年)のジョゼ・サルネイ氏(84)が政界引退を発表。世間の望む政界浄化の波も重なり「世代交代」が求められている。(7日付Exame誌サイト、同フォーリャ紙サイトなどより)