「お知り合いの住所をなくしたなんて、あなたの不注意よね、それがあればあるいは、別の道が開けたかもね」
「そうよ、何とかなったと思うわ」
「そのあと、どうしたの?」
「土地があるから、家を建てて住みなさい、持っているお金を出しなさいと、そう言われてね。二つの土地に二軒の家を建て始めたのよ」
「まあ、凄い! 一度に二軒の家を建てるだけのお金をあなた持っていたの?」
「いやあ、雨露がしのげるだけの家なのよ。日本で働きながら花嫁修業をしていたでしょ。結婚を当然考えているから、誰でも貯金をするわよ女の子は。そのお金だからたいしたものじゃないのよ」
「私も少しは持っていたけれど、渡航の支度をしたら無くなって、ウルグアイを出るときは、三五ドルぐらいだったかな。あなた偉いわよ」と私は驚いた。
「もう、時効だから言うけど、私、此方へ来る前に財布を拾ろうたのよ大阪で。私のサラリーが二万円ちょっとの時に、十数万円入ったのをね。そのお金で両親を旅行させ、それが初めてで最後の親孝行になったわ。残りは貯金に足して持って来たの」
「フーン…。私はいま拾いたいな、お金ないのよ。サンパウロへ来たころ、移民局へ行ったとき拾ったことがあるけど、おまわりさんに渡したのよ。そしたら知り合いにバカって言われた。ブラジルじゃ、ネコババするんだってね。だから拾ったら自分のものにしていいんだってよ」和子の話はつづいた。
「建てた家に住み始めて二年ほどしたら、この土地はあんた達のものじゃないから、出て行けと言われてね。もう一軒には義姉たちが住んでいるし、私達、借家住まいを始めたのよ」
「そんな馬鹿な! あなた騙されたんじゃないの?」
「そうよ、最初から騙されていたんだけど、主人がしっかりしていないから。姑はこうも言うたのよ。私が一番持参金が多かったから、嫁に決めた言うて! 凄いショックだったよ!」急に目をキツくして彼女は言った。
五十万円たらずの持参金だったらしいが、それを狙わなくてはならない程の夫の実家だったのだ。
「ジアデーマ市に引っ越して来たのはどういうわけ?」
「上村祥子さんと付き合いがあったんよ。彼女は宗教家だからブラジル丸の中で毎朝、朝日を拝んでいたので、私が興味を持って、たまに口をきくことがあってね。それで彼女が姑の家にも出入をしはじめて、あの宗教に私も姑の一家も、入れようと布教していたのよね、私が愚痴ばかり言っていたから」
上村祥子は、一九七〇年頃、四百キロほど離れたバウルー市から引っ越して、サンパウロ市内から二十五キロほどのジアデーマ市へ、低所得者の多い区内にT教の布教所を作り始めていたのだった。その資金は所属している日本の本教会から、少しずつ出るようだが清貧の生活をし、レンガを自ら積み上げて教会を作ろうと、純粋な情熱に夫婦で燃えていたのだった。
この教会がほとんど出来上がった頃、先にレンガを積み上げた奥の方から壊して、本格的な立派な教会を建築して現在にいたっている「会長さん」と夫を呼ぶようになるまで、この夫婦は実に純粋に布教生活に燃えており、尊敬して接することが出来た。