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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=53

 「姑、小姑があんまり酷かったから、こんな所にあなたがいては、自殺するかもしれない言うて、上村さんの近所に越すようにしてくれたのよ」
 どういうわけか、この頃の事について上村祥子夫婦から、私はまるきり聞いた覚えがない。宗教の月次祭に呼ばれて参加し、私は和子に出会ったのである。和子と親しくなったのはその後数年経ってからで、上村祥子の教会ではなく私の所属する自由メソジスト教会に和子も出入りしており、そこで親しく話すようになった。
 「ジアデーマで借家に二年ばかり住んでね。私、内職をして、して、あの…」と言葉を切った。そして、
 「ほら、ユリさん、あの家、天井がいつ落ちて来るかわからない、あの家を買って…」とつぎ足した。
 「私があなたと親しくなったのは、その頃よね。ご主人が車を直しても、ブラジル人の下層の女達はお金を払わないから困ってしまうと言っていたわね」
 「そうよ、お金がないから体で払うそうで…だから 主人は外に女ができて…子供を作って! その児が眼の見えない児でね、夫は死ぬまで、年金の半額を養育費に払ろうていたわよ…」と腹立たしそうな表情になった。
 「出稼ぎに和子さんが先に行ったでしょ?」
 「私が先に行って、これは良かったのよ、家も建て替えられたしね。でも、夫が一年行った時は、サラリーは全部パチンコでスッテンテン。ブラジルに帰る旅費もなくて、娘が送金したの。おみやげはパチンコの景品だけだったのよ」呆れるでしょという目つきをした。
 その後、和子は何としても娘たちのために低所得者階級の住宅地から出たいという望み通り引越した。
 和子の夫は、引っ越したサンパウロ市内リベルダーデ区のアパートで二〇〇六年に心臓病で急死した。横で死んでいるのに気がつかず、朝目覚めて居ないから部屋やトイレや台所など探したが見付からず、一緒に寝ていたベッドのまるまった布団をとると、それはそれは小さくなって死んでいたと言う。

 彼女はいま独り暮らしをしている。小銭を持ち安楽に暮らして余生を送っている未亡人をヴィウーバ・アレグレ(陽気な未亡人)と言うが、彼女は今まさにそれである。夫が亡くなった一年後、紹介された腕利きの元鮨職人と一緒に彼女のアパートで暮らし、「毎日美味しいものばかり食べさせてくれるのよ」と喜んでいたが、別れて最近またひとりになったと報告された。
 「和子さんは娘が二人。女の子は優しいから良いわね、お金もあって今はゆったりできて良かったわね」と私が言えば、
 「私、四月の復活祭の連休には、チリーに嫁いでいる娘のところへ孫に会いに行って来たのよね。誰に気がねもせずに。旅行するそんな金があるなら、小遣いを俺にくれ、俺が外にこどもを作ったのは和子にも責任がある、なんて嫌な事も言われず、今は、ホッとした生活よ。夫が死んで寂しいなんてことないわ。夫は妾の子を認知していなかったから、夫の女も本当に死んだかどうか様子を探りに来ただけで、終わったみたい」と爽やかな顔をした。

 同船者広中和子の現在までを一気に書いてしまったが、十一人の小姑の中で生活した和子を慰めたのは、同船者上村祥子とその夫であった。