マルタ=文化相辞任の背景は?=ジウマ政権内で冷遇も=本人はサンパウロ市市長選に意欲=PT抜けPMDB移籍説も
【既報関連】ジウマ大統領が不在中の11日、元サンパウロ市市長(01~04年)でもあるマルタ・スプリシー文化相(労働者党・PT)が現政権の経済政策への批判を込めた辞表を提出したことは、ジウマ政権の閣僚関係の不和を伺わせるもので、大統領府関係者を驚かせた。マルタ氏は16年のサンパウロ市市長選出馬に意欲を燃やしており、いざとなればPTを離党しての出馬もあると見られている。12日付伯字紙が報じている。
12年の市長選の折りに、PTからのサンパウロ市市長候補をフェルナンド・ハダジ氏(現市長)に譲るのと引き換えに文化相に就任したマルタ氏だが、在任中も同氏にはやりにくい環境があった。
当時の文化省は予算も少なく、大統領との対話の機会も余りなかった。更に、議会で通過したはずの法案が財務省の消極的な動きが障壁となって実行に移せなかったことも不満を募らせた。同氏が在任中、労働者に一律50レアルの文化手当てを支給する「ヴァーレ・クウツラル」や、著作権管理団体の「徴収権料徴収・配布中央事務所(Ecad)」を連邦政府が監査する法案などが議会を通過したが、零細企業への減税措置などがとられなかったため、文化手当て受給者は1%にも満たない。芸術作品などへの減税交渉やルアネー法改定も折り合いがつかず、これらのプロジェクトに関して政府に提出した法改正も何カ月も停滞したままだ。
また、マルタ氏が年頭に「大統領選にルーラ氏を」と呼びかけたことで大統領府との関係が悪化。ジウマ氏やルーラ氏が大統領選キャンペーンで、歌手たちを伴うイベントの調整役を2008~10年に文化相を務めたジュッカ・フェレイラ氏(現・サンパウロ市文化局長)に任せたことで、不愉快になったマルタ氏は、サンパウロ州でのジウマ氏のキャンペーン参加を拒否した。
また、大統領選の決選投票が終わった数日後、マルタ氏はルーラ氏に、16年のサンパウロ市市長選のPTからの候補の座をハダジ氏と党内選挙で争いたい意向を示した。マルタ氏が12年に候補の座を譲ったハダジ氏への支持率は、現在低迷したままだ。サンパウロ州知事選も、PTが本来強かったサンパウロ市極南部やイタケーラなどの東部でさえ、ジェラウド・アウキミン氏(民主社会党・PSDB)に敗れる惨敗振りだった。
ただ、ジウマ氏やルーラ氏はハダジ氏再選を推す意向で、04年、08年に落選したマルタ氏の擁立は考えにくい。同氏は離党も辞さないと見られている。その場合、同氏の夫でサンパウロ市の競馬場、ジョッキー・クラブの元経営者のマルシオ・トレド氏がミシェル・テメル副大統領の親友であることから、民主運動党(PMDB)への移籍が最も有力だと考えられる。
ジウマ政権での閣僚関係の不和は、10日のジルベルト・カルバーリョ大統領府総務長官の(第一期ジウマ政権では)「対話が不足していた」との談話からもうかがわれる。同氏も第二期政権での閣僚入りはないと見られている。