ボーイが入って来たので、立とうとすると、船長が「まあ、もうちょっと話しましょう。福田さんと話していると、私の郷里の訛があってたのしいんですよ」と云うので私も跳ね返すように云った。
「船長さんは、栃木でしょう。私も、です」
「それは奇遇だ。それにしても、このたびはご苦労さまです……。まあ、私の部屋へ、どうぞ」
船長が私の胴巻きのことをいっているのだと思うと、私は思わず腹を撫でた。ずっしりと重い手応えがあった。
船長が口を開いた。
「あなたの胴巻きはダイヤです。工業用の。それを軍に納めるのですが、横浜まで運ぶのがあなたの役目です」
私は何か云おうとしたが声がつまった。……この重さのダイヤ……よほどの価値なのだろう。門外漢の私には、その価値は分らなかったが、なぜ武官もミナミ氏も胴巻きの中味を話してくれなかったのか。なぜ、私が運ばなければならないのか。船長が知っているのなら、なぜ、船長託送にしなかったのか。次第に湧く疑問で私は押し潰されそうになりながら、胴巻きの中味が不気味な未来を私に強いるのではないかと切迫した不安に口がきけなかった。
「なぜ、私が運ぶことになったのでしょう。船長にお頼みすればよかったのに」
私は辛うじて武官と店長にいうべきだった抗議を船長に向けた。
「……わたしはね、本船に満載した軍需品を無事に運ぶ義務がある。あなたの荷物は小さいが、日本ではかけがいのない貴重なものです」
船長はそこで口を閉じたが、再び話しはじめた。
「万一の場合、わたしが密輸のかどで外国に逮捕され、官憲に調べられるようなことがあると、事件は国際問題になります。正式な手続きを経ないで、持ち出したものですから明らかに密輸です。その品が本船で発見されると、わたしが責任をとることになる。今は、そういう時機なのですよ。あなたは、もう、わたしと一心同体なんです。あなたは民間人だ。民間人の密輸なら国際問題にはならない」
私は、もう抗議どころではなかった。
それにしても、もし私が逮捕されれば、私にも自尊心がある。密輸者の汚名に甘んじる覚悟はない。日光丸はもうオリンプスから二十浬、逃げるわけにはいかない。
「いいですか福田さん」
船長は私を見据えた。
「ダイヤは、実は、商品ではないんですよ。ブラジルの軍部から武官が貰ったものです。ところで、それはブラジル産のものとはいえない。なぜかというと、隣国ボリヴィァとの国境の不明確なアマゾン源流の小さなせせらぎから採ったものですから、ボリヴィァ産かも知れない。だからブラジルは外国のものかも知れないものを、ひそかに、何らかの条件をつけて日本へ贈ったものです。ブラジルの軍部もおおきな賭博だ……」
「賭博……」
「そうですよ。万一、日米戦が始まってもブラジルは絶対中立を守るはずです。分りましたか。あなたはブラジルが好きだ。ブラジルの土になる人だ。だからわれわれはあなたを選んだ。福田さん、あなたはアマゾンから水晶とダイヤが出ることを知らない。ところが、日本からの調査団にあなたが加わっていたんだ。そうでしょう。通訳で」
船長の口調が次第に親しみを増していた。
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