ブラジルで過ごす正月の食卓は長年、なんとも風情のないものだった。そもそも三が日もないし、何せ暑いということもあり、新年を迎えたという感じが全くなかった。それよりなにより、おせち料理が食べらない、というのが雰囲気が出ない一番大きな要素だと思っていた。お屠蘇代わりにビールを飲み、大晦日に飲み食いしたものを引っ張り出すような調子では仕方がない▼昨年末に帰国したこともあり、今年はちょっと凝ってみようと思い立った。アメ横でカズノコを買い、黒豆、昆布巻き、栗きんとん用のクリ、金箔入りの日本酒の小瓶も買い込んだ。やはり狙いは成功だった。特にカズノコは、味と鼻に抜ける香りとプチプチ弾ける感覚が「正月だなあ」という実感をしっかりと感じさせてくれた▼ブラジル人にも意味を説明しながら食べさせたのだが、なんとも微妙な顔をしていた。当たり前だが、味が織り成すイリュージョンは、記憶と郷愁の成せる技だ。ブラジル人が、クリスマス料理に寄せる思いと同じだろう。現代人の口が奢っているせいかも知れないが、おせちは、それほど美味でもない。もちろん材料がないうえ、作るのも面倒だ。こうした文化は輸出できるものでもない▼ということで、コロニアでは、おせち文化は潰えた。ただ、雑煮はともかく、もちはしっかり継承されている。大晦日の餅つき祭りはすごかったし、商店が路上で特別販売していたのは年末の雰囲気を醸し出していた。酒の味を覚えてから、腹をくちくさせないため、長らく食べなかったモチだが、今年は生き残った正月文化として味わった。(剛)