樹海

 本棚を整理していたら、ひょんな弾みで昔の切り抜きが出てきた。その中に、走るのが大好きな幼女が賞品欲しさにマラソン大会に出る事を決め、練習するようにとの父親の勧めで家の近くを走り始めたが、練習の大変さに「マラソンなんて大嫌い」と言い始めるマンガがあり、懐かしく手に取った▼数日間の練習の後、朝から眉間にしわを寄せている娘を見た父親は、「走る事は素敵な事なのに嫌われるなんてマラソンがかわいそう」「誰かが一生懸命やりたいと思う事に嫌いという言葉が似合うなんて何だかとても悲しいじゃないか」と語りかけ、「自分で決めたものはもっと愛しんであげなくちゃね」と諭す▼「マラソンに隠れているステキな事をいっぱい見つけてお土産として聞かせてくれたら嬉しいんだけどな」と 言われた娘はその日、少し休んだだけで1・5キロを走りきる。夕食の時、汗が日の光に輝いているのに気づいた事や秋の気配を感じた事、風が吹いてくると風とすれ違っているように感じた事などを嬉々として報告した娘は、「早く明日にならないかな。早くマラソンの練習したいよ」とまで言うのだ▼30年近く前の作品だが、このやり取りは今読んでも温かさと示唆に富んでいる。産休を終えて職場復帰した若い女性は、「子供に飲ませなきゃ」と必死になっていた時は重圧だった搾乳も、「今日はどの位搾れるか」と楽しみながらやると、思いのほか早く溜まると言う。楽しみや喜びを見出せれば何事も頑張れる。人を奮い立たせたり、嫌いになりかけたものを好きにさせるような言葉、いつまでも感動を与えられるものを残せるかとも考えさせられた一時だった。(み)