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パナマを越えて=本間剛夫=24

 数十基も並んだ石油タンクの上部に、大きな蝙蝠が描かれ、その下にやはり活字体の太文字で社名があった。タンクの正面から見上げると、その米国系石油会社の名称の大きな文字は、エンセナーダの市民を威嚇しているようだ。手入れの行き届いた敷地一杯に広がる芝生に、テニスコートとプールが見える。土と砂のデコボコ道路と鉄条網が隔てる二つの世界の格差を市民たちは朝夕どんな気持ちで眺めるのだろう。
「いいかね、ここはメキシコだよ。アメリカの植民地でも属領でもない。れっきとした独立国だ。だのに、あの英字は何だ」
 コーチは吐き出すようにいって、続けざまにカメラのシッターのボタンを押した。
 私たちは歩きはじめた。日陰がなく歩くたびに埃が立った。両側に小さな草屋根の農家があり、道路から家の中、その奥の庭草まで見通せた。家の前には、必ずといっていいほど高い闊葉樹があり、その下に騾馬がつながれて根もとは糞尿で蝿が飛び交っていた。コーチはそこでもシャッターを押した。
「市街地は遠いの?」
 私は汗を拭きながら訊ねた。
「あと、一キロ。あの坂を下りると彼女たちが待ってるよ。抱くか?」
 コーチはポツリと云った。
 この暑さでは、それどころではない。
 道路は次第に上りになり、登りつめると原色グリーンの壁の家並みが続いて、波止場付近とは違って明るく視野が広がった。大小の商店が並び、人通りも両側の家屋は殆ど家の中まで丸見えで、広間には道路に向けて並べた椅子に少女のような若い娘たちが、きらびやかな服装で坐り、甘い視線を投げかけていた。そんな娘たちの家が両側に軒を連ねていた。
「ここだ」
 コーチは、その家並みが終わるところに突然現れた華やかな色彩の家の扉の呼び鈴を押した。すると、まだあどけない少女が笑顔を見せた。中に入ると、数名の白人との混血の娘たちが、色とりどりの室内靴を穿き、長い薄地の服をまとい、長く形よく伸びた脚、ふくよかな胸と豊かな腰の線がその下に慎ましく包まれているのが感じられた。
 桃色の原色の壁と床は、油を塗ったように滑らかな光沢で、奇妙に部屋を落ちつかせている。
 いつの間にか、コーチの傍に白人の娘が寄り添って話していた。
 コーチはその娘に何か云うと、娘はすっと立ってコーチと私を長い廊下から中庭を挟んで並ぶ部屋の一室に入れた。部屋は広く、彼女の城だろう。グランドピアノがデンと坐り、その傍の電気スタンドの笠にちりばめてあるのは青味を帯びたダイアのようだ。壁にかけた静物画も娘の性格を表しているのだろうか。コーチの膝に腰をおろしていた女が立って、静かな物腰で飲み物を勧めた。
 私は部屋の落ちついた調度品に関心して眺め廻した。
「可愛い子、呼びましょうか」
 女は返事を聞かずに呼鈴を押すと、間もなくドアをノックする音がして女が入って来た。コーチの女が合図をしたらしく、その女が私を隣の部屋に連れて行った。その部屋から中庭の真赤なカンナの花壇が見えた。
 女が厚いカーテンを引くと部屋が暗くなり、サイドボードの灯りが、ほのかに部屋を明るくした。
『お風呂、ご一緒しましょう』
 女は私とシャワーを浴びようと云うのだ。
 女は、すぐ服を脱いで私を誘った。