日本の円借款によるこのプロジェクトは、最初ゴンサレス・マキ大統領(1999-2003)の時代に始まり、次のニカノル・フルトス大統領(2003-2008)の政権下、2006年2月16日に漸く契約の調印に至ったものだが、諸般の不透明な事情でその後も本格的な着工が今日まで延び延びになって来た経緯がある古い話である。だがこの1月、ついに実現不可能の決断が下され、パラグァイ政府は日本に円借款を諦めることを正式に伝えた。
同プロジェクト資金はJICA/JBICの214億200万円に及ぶパラグァイ電力公社・ANDEに対する円借款で、償還期限40年、据え置き期間10年、年利0・75%と言う頗すこぶる結構な貸付条件であった。
そして、優良国益事業とみなされたプロジェクトだったが、なぜかその実施が間延びしている間に色んな雑音が入り、汚職や工事の設計不適性などの噂が流布し、何度もアスンシォンの有力各紙の社説などで書き立てられた。
更に悪いことに、それが原因かどうかは分からぬが、色んな意見が入り乱れ、本来のプロジェクトが種々イジクリ回されている中に当初の計算コストが約90パーセント近くも膨れ上がったのである。
目を瞑ったか日本政府?
その差額不足分をANDEはいかにして工面するかの問題があったところ、「イグアス建設コンソーシャム・Camargo Correa SA y Talavera & Ortellado SA」の一社のみが提出した唯一の土木及び水力機械化工事に関する所謂No・2ロットのサプライ価格(252・705・195ドル)に対し、JICA/JBICは最近「異議なし・ノーオブジェクション」のゴーサインを出した。
これでは、暗に日本側は既にANDEの尻拭いに要する追加借款を容認した何らかの含みがあっての事ではないかと疑われる。
ABC紙などはこの発電所計画の裏にはアンタッチャブルな、シタタカなパトロン連の政治操作で、プロジェクトの策定に当ったコンサルタントの日本工営㈱はそのグルになったか、又は上手く「お先棒を担がされた」のではないかと批判するのだった。
突然の実施取り消し報道
このように様々な問題が取り沙汰されていたところ、1月27日付ABC紙は「政府は過去約10年間も燻って来た、いわく付きのイグアス発電所プロジェクト及び当該借款は実施不可能な案件だとの結論に達し、最終的にこれを取り消す事に踏み切った」と報じた。
最後までイグアス・ダム機械化プロジェクトに異常に固執して来たANDE当局は後退せざるを得なくなった。
なお、パラグァイ国外務省は先週日本政府に対し、同プロジェクトに関わる折角の円借款はギブアップせざるを得ない意向を正式に伝達した。
電力公社・ANDEのビクトル・ロメロ総裁は、友好国日本の円借にたよった事業でもあっただけにこのキャンセルは非常に苦しい決断だったと述懐した。
これまでに中途半端に終わった関連契約も有ったり、種々契約破棄のペナルティーの問題も残り、これ等の収拾はしばらく尾を引く事であろう。
ビクトル・ロメロ総裁は「今こそ電力に不足はしないパラグァイだが、余り遠くない時期に、現在隣接各国が悩んでいる様な電力不足の危機が、我が国でも絶対に訪れないとは限らない。このダム機械化プロジェクトの中止を、その時になって後悔しないで済む事を願うものだ」と語った。
あやうく〃白象〃に
一方、本件プロジェクトに一貫して批判的だった専門家達は、今回の政府の決断は当を得た良識的な処置であると評価した。
そして、いつの日か再びイグアス・ダム機械化プロジェクトが取り上げられる時があるとすれば、複数の資金源の選択肢もあろうが、例の「官民提携法」による発電所の事業化が望ましいとは、ANDEのエルネスト・サマニエゴ技師の意見で、将来この事業の良好な収益性が認められれば同「官民連携法」又は「利権法」の恩恵の許に内外の民間資本家の企業参加は容易に得られるとも付言した。
他方、ギリェルモ・ロペス・フローレス技師もこれに同感で、この様な発電所開発方式で、今回中止になった約4億ドルにもコストが倍増し、《巨大な「白象」に危うくなりそこねた》イグアス・ダム機械化プロジェクトに替わる、合理的な新水力発電プラントの建設が実現出来るならばそれに越した事はないと語った。
なお、同じくラモン・モンタニア技師も、政府は国家エネルギー政策を、今後は統一的に進める為に『資源エネルギー省』の新設が緊急を要する大事な問題であると述べた。
以上のごとく、約10年もの長い間に色んな余り良くない風聞が立って、紆余曲折の挙句「死産」に終わった円借款に依るイグアス・ダム機械化プロジェクトは、当初パラグァイの為に良かれと日本政府は善意を以って取り組んだ事は寸分も疑いはない筈である。
日本政府は慎重に吟味を
それが、話が間延びしている間に「火のないところに煙は立たぬ」で、幾多の噂が流れ、社説など迄の新聞沙汰にされたのは日本の威信にも関わる事で、現地の邦人社会も面白くもない思わぬハプニングであった。
確かに今回の円借款キャンセルの珍聞は、日パ経済協力史上で初めての事である。そして、件の水力発電所の建設箇所が、正に当の大日系イグアス移住地に隣接する事でもあって見れば、日系人として特に関心が深い事業だったので残念である。
こんな次第で、日本政府のパラグァイに対する経済協力がにぶりはしないだろうが、これからも日本当局は事前に協力対象プロジェクトの慎重な吟味に留意し、まかり間違って援助享受国に「白象」の――最終的には国民に――とんでもない負担をかけない様に優良案件を厳に選定する事が大切だと思われる。