終日、地上作業で過ごす農耕班が逃げ送れて最も多くの犠牲者を出している。敵は北から来ることは殆どない。島の東部から南部にかけて聳える海抜三百メートルの三角山――兵隊たちは、そう叫んでいる――の山膚に添って上昇し、頂上まで来るとこんどは急斜面すれすれに急降下して、あたりかまわず機銃を掃射して左旋回し、あっという間に姿を消してしまう。
この戦法はわが軍の零戦を真似た、今年になってから敵が始めたものだ。上空を旋回しながらの射撃は、友軍の機銃や高射砲の攻撃を受け易い。三ヶ月前、敵の三機が一度に火を噴いて海面に突っこんだことがあった。それからの戦法だった。
しかし、それ以来、友軍の火器は総て沈黙していた。敵は大胆になり、友軍の土気は沈潜しはじめたように見える。敵機の挑梁にまかせている司令部の作戦は、兵たちの間に不信と不安を蒔いていた。島は最早、大本営からも見離され、戦略価値のない、南冥の海に浮ぶ飢餓の独島だ、という敗北感である。
「兵長どの、自分らは甘藷を作っております。約一町歩ですが、四千貫の収穫を見込んで降ります。大きいのは、もう親指くらいに膨らんでおりますから、あと、二、三週間で食えるようになるでしょう。その時は真っ先に届けます」
私の背後について登っている護送兵がいった。
わたしはどこかの隊で甘藷を作っているという噂を聞いたことはあったが、もう一年近くも口にしたことはなかった。たとえ、四千貫の収穫があっても、八千の将兵では口に入るのはせいぜい一、二本だろう。それでもあの柔らかい甘味は捨てがたく、懐かしい。私は思わず唾をのみこんだ。
「ありがたいね。頼むよ」
「はい、必ず届けます」
律義そうな、東北訛りの上等兵が続けた。
「実は他の部隊から盗まれないように、来週から不寝番をたてることにしています。上級将校が泥棒どもを連れてやってくるのです」
上等兵は怒った口調になった。
「威嚇にちがいないでしょうが、武器を持って夜間に海岸の方から匍匐(ほふく)前身のかっこうで来襲するのであります」
上等兵は上級者に対して狎れなれしい口ぶりになっているのに気づいたのだろう。急に丁重な節度をつけた。
「あっ!」
二人は同時に叫んだ。私たちは咄嗟に、抱きあうようにして急いで潅木の林に身を匿した。丁度その時、二人は三角山の頂上を越えて林の絶えた潅木地帯を下りていたのだ。
キン、キン、キ―ン――とけたたましい頭を突き刺すような鋭い音をたてて、数機の戦斗機が私たちをめがけて急降下してきた。敵はちょうど急降下の態勢に移ったところで私たちを発見したのだろう。その時では既に銃を構えるには遅すぎた。
顔をあげると敵の三機はもう斜面を降り切って、ちょうど私たちの位置から見下ろすと海上遥かに飛び去ったように見えた。海岸べりの、やや平坦な場所を選んで耕作している部隊の兵たちのいつもの姿も見えない。皆、いち早く濠にもぐり込んだか、近くの木立に身をひそめたのだろう。
海岸から数十メートル上がったところに帯状に林が茂っている。三角山から流れ落ちる雨水や地下湧水が平坦な場所で流れを止め、樹木に生気を与えるからだ。その帯状の林は島をとり巻くように二キロ近くも延びていて、その帯状の百メートル手前に岩盤をくり抜いた司令部の人口がある。
地上に体を曝しているのは私たち二人だけだ。
パチ、パチ、パチッ!と機銃が鳴った。海上に去ったと見えた敵機が旋回しながら、木立ての中に退避した兵たちを威嚇しているのだ。