日本企業は、創業の精神を大事にする。大企業も最初はベンチャーだったわけで、「経営とは、小さく産んで大きく育てるものだ。われわれは今まで、それで会社をここまで大きくしてきた」と創業メンバーは言うだろう。しかし、経営学の泰斗でマネジメントの父と呼ばれたピーター・ドラッカーがいみじくも看破したように、「経営とは環境適応業」である。多くの企業にとって今のブラジルは、残念ながら小さく産んで大きく育てられる環境ではない。
ブラジルの市場は、この20年でまったく違う世界になった。20年前といえば日本はバブル崩壊後、ブラジルから撤退をし始めた時で、おそらく今の経営陣も、最近のブラジルは見ていても、1995年から2005年ぐらいのブラジルの変化は知らないだろう。欧米および韓国・中国企業は、レアルプランにより経済が立ち直り、国営企業をどんどん民営化し、海外からの投資を一気に受け入れたこの時代に、一斉になだれ込み、中間層拡大による消費市場の膨らみとともに、ブラジル市場は世界でも例を見ない大競争市場となった。ブラジルの年商トップ50社の半数以上が外資企業であることを見れば、その異常さがわかる。この波に乗れた企業が今、ブラジルで大きなシェアを取っている。ウォルマート、サムソン、LG、そしてヒュンダイもこの時期に莫大な投資とともに、がっちりとインセンティブを取ってブラジルに上陸している。また、エイボン、フィアット、サンタンデール、ネスレ、ユニリーバ、ワールプール、SAPなど、様々な業界のグローバル企業においても、ブラジルは売上げ上位3カ国に入っている。日本企業で成功をしているホンダの二輪、味の素、ヤクルト、総合商社などは、いずれも1960年前後の早い時期からブラジルに来て、バブル崩壊後も撤退せず、じっとブラジルの変化を見ていたので、その波に乗れたわけだ。
外資の進出ラッシュは、ブラジルの製造業も駆逐し、製品だけではなく、原材料や部品、工業製品などにも及んでいる。ブラジル企業が製造するものよりも、欧米のブランド品の方が人気があり、高関税にも関わらず、中国・韓国からの輸入品の方が安い。それによって何が起こっているかというと、消費材市場も製造現場もブラジルでありながら、顔ぶれはほぼ欧米と同じ競争環境になっているということである。しかも、すでに欧米、韓国、中国企業が大きなシェアを握っているので、今からアメリカやヨーロッパに参入していくのと同じと考えた方が良い。さらに敵は大きなシェアを背景に、国内製造、もしくは大量輸入の体制が出来ているのに対し、日本企業は高関税のブラジルに少量輸入で戦おうとしている。これで少しの資本金しか渡されず、小さく産んで大きく育てろと送り出されているのは徒手空拳で大砲に向かっていくようなもので、経営戦略欠如と言わざるを得ない。
並みいる強敵と戦うには武器が必要だ。ライバルより大きな資本金か、M&Aによる販路や現地生産体制獲得、もしくは業界の実力者との連携などの戦略なしには攻略できない市場である。(次回に続く)